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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
五話『義憤の花』冬
823/1102

19.5



 リギンディアの死。

 それが反乱軍にとって最上の目的であった。

 対するキルトラの理想は、真っ向から反乱軍の意向に反抗する形となる。

 それは、アストレアの救出。

 リギンディアとしての力を削ぎ、アストレアを連れて帝国やその他の勢力から隠れることだった。

 ただ。

 これを反乱軍は許さない。

 徹底して公開処刑という形でリギンディアの死を露にする。

 それがリギンディア政権の終結。

 カルノヤがこれに反対する様子は無い。

 すなわち、彼らよりも先んじてリギンディアに会い、アストレアを救出する必要性があった。

 最大の難関としてセヌがいる。

 だが、場合によれば反乱軍すら敵だった。

 幸か不幸か。

 現場に行けば自分たち以外は昏倒している状況であり、理想を実現しうる最大の好機だった。

 それでも。

 リギンディアが生きている可能性は、キルトラにとっても後顧の憂いとなる。

 リギンディア勢力の信仰心。

 その強さは計り知れない。

 いつかアストレアを探し出し、再びリギンディアを復活させる危険性があった。

 ならば。

「カルノヤも上手くやってるかな」

「兄上がどうかしたの」

「いや、ほら」

 キルトラが口ごもる。

 現場に一枚の書置を残した。

 ただ一筆――『アストレアは貰う、好きに吹聴してくれ』とだけ。

 無論、反乱軍はこれを討滅として公開する。

 幸いにも血塗れの兜と街の被害。

 リギンディアの死は誰にも疑いようが無い。

 だが。

 アストレアは意図せず衆心を集める。

 足下に咲く花は意識すれば生まれない。

 問題は、その所作や声、体臭には他人の潜在意識を引き出してしまう異様な力が宿っている。

 混沌に由来する能力だった。

 これが、リギンディア勢力の正体。

 異常な信仰心を集める要因なのだ。

 キルトラは逃避行の途中も、ひたすらアストレアを匿すことに腐心した。

 帝国は、かつての形を取り戻す。

 その途中でアストレアの生存が伝わってはならない。

 些細な伝聞だとしても。

 カルノヤに伝われば彼は行動せざるを得ない。

 新たな帝としてアストレアを排除する。

 あらゆる方面に聡い彼ならば、元より書置でアストレアの生存は把握しているだろう。

 いま追手を出さないのは、看過しているのだ。

 理由は何であれ。

 公にさえ情報が出なければ追わない。

 共闘者への慈悲か、一時の酔狂か。

 現在の彼は多忙である。

 リギンディアの死によってカルノヤへの求心力が高まり、リギンディア勢力は衰退の一途を辿っている。

 今が大事な時期なのだ。

「アイツは忙しそうだなって」

「私を殺したんだからね」

「実際は男と駆け落ちしたんだけどね」

「ふふふ」

「元の世界で言ってたら恥ずか死だったな」

 キルトラは嘆息する。

 リギンディア勢力は衰弱している。

 実際は、無いにも等しい。

 死と同時に幻覚から醒めたように彼らはリギンディアを罵った。

 不気味なほどに。

 アーマはリギンディア勢力を毛嫌いしていた。

 リギンディアではなく、その配下への嫌悪を向けていた理由が今ならば共感できる。

 反乱軍を組織した理由は知らない。

 今はもう、知る由も無い。

「ねえ、キルトラ」

「何だ?」

「いま別の女のこと考えてなかったかな?」

「いや、今日の晩飯について――」

「ん?」

「……………ち、ちょっとね?」

「…………ねえ」

「あ、やべ」

 アストレアの手に力が込められる。

 怪音を立ててキルトラの左手が拉げていく。

 今は体力を温存するために変形もしておらず、体内に骨や血などは無い。

 音の正体は――花。

 腕から茎が伸びて蔦となり、体に巻き付く。

 普段から足下に生じる儚い物ではなく、薔薇のように棘を有し、やや固く乾いた赤い花弁の花が咲く。 

 キルトラの背筋が凍った。

 ――また発作が始まった。

「僕、不安なんだよ」

「う、おう」

「目が見えないから。見えないところて君が私以外と何かしてるんじゃないかって。すぐ僕以外の誰かと添い遂げるんじゃないかって」

「そんなわけ、無い、だろ」

「本当に?本当に?」

「あ、アーマが、俺たちを追って来ないかって、警戒してた、だけだって」

「…………そっか」

 アストレアの手から力が抜ける。

 途端に、花や蔦が灰となって散った。

 キルトラはまだ緊張感に縛られ、安堵の息すら出ない。

 リギンディアからの脱却。

 その結果は万事良好とは限らなかった。

 主な理由としてはアストレアの精神。

 キルトラから関心を向けられているのは、自身がかつての親友であり『リギンディア』だったからと自虐的に捉えている。

 今は関係も形を変え、リギンディアでもない。

 双方の喪失がアストレアに危機感を与えた。

 つまり。

 キルトラに捨てられる。

 それをアストレアは極度に恐れていた。

 恐怖心を煽られると、毒を含む花を咲かせる。

 実際にキルトラの体の回復が遅いのも、この花の効果の影響でもあった。

 酷ければ一日に三回。

 もはや自身の体を労っても無意味だった。

「目的地まで、あとちょいだな」

「私はこのまま二人きりでも構わないよ」

「俺の身が保たない」

「愛が重いってことかな」

「重い………………………………ってことは無いぞ」

「そのまま潰れて」

「うわあ」

 キルトラは膝を叩いて立ち上がる。

 片腕でアストレアを抱き起こした。

 そのまま寝台の上へと寝かせて、毛布をかける。

「もう一人、家族がいても良いな」

「私以外の奥さんってことかな」

「いや。どっちかっていうと、義母」

「……………?」

「なに、すぐに分かるさ」

 目的地に待つ人。

 キルトラは笑って、正体を誤魔化した。







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