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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
五話『義憤の花』冬
814/1102

12



 南端の港湾と帝国。

 その中間地点のアルコゥタ国は賑わっていた。

 移動中のリギンディア王の滞在は、今や彼の思想に染まっていた者によっては歓喜に湧き上がることである。

 町長の所有する別荘で彼は宿泊することにした。

 立地からも敵襲に備えやすく、また引き連れた少数精鋭の護衛による盤石の守りがあって、悠々と居間にて寛いでいた。

 普段の甲冑を解いて。

 素の身を晒して盃を呷っている。

『程々にしなさい』

「隙が多い方が狙いやすいだろう」

『誘っているのか』

「ああ」

『…………待っているのかな?』

 その一言にリギンディアは手を止めた。

 盃の中で酒水が揺れる。

「そうかもね」

『止めて欲しいのか』

「いいや、後悔は無い」

『なら』

「ただ、僕がこうしてレギュームを攻め込めば実質的に彼らの敗北だ。止める最後の機会として、彼がここで動かないことに一抹の不安を抱いている」

『不安?』

 セヌは小首を傾げた。

 キルトラはアストレアの為に戦う。

 ただ求める結果がリギンディアの理想と添わないので対立という形を取った。

 そして、リギンディアもそれを良しとした。

 世界を掌上に収めたとき。

 それ即ちキルトラも手に入るのだ。

 止められることこそ、むしろ煩わしい手間が一つふたつと増えるので迷惑でしかない。

 それを不安に思うことなどあるのか。

「キルトラは戦うとき」

『…………』

「僕だけを見て戦う。ただ、もし負けてしまって何もかも手遅れとなったら、もう僕を見てくれないんじゃないかと」

『ほう』

「それが悲しくて、不安なんだ」

 レギュームの陥落。

 果たされればリギンディアが正義となる。

 自責の念と使命感でキルトラは自身へと立ち向かう。その最中、彼の瞳には自分しか映されていない。

 その瞬間に至福を得ているのだ。

 同時に。

 それ以外の幸福を知らない。

 キルトラから目を離されたときが、アストレアが完全に消えてリギンディアとしてしか生きられなくなるときである。

 アストレアとしての死。

『ン〜〜、面白い』

「ん?」

『いや、こちらの話だ』

 神と人の中庸。

 象徴には不釣り合いに中途半端に持った心。

 仮面の下でセヌが顔を歪める。

 果たして、どちらか一方が崩れたときに彼は、彼女はどんな結末を迎えるのか。

 今のところ。

 その道行は破滅以外に想像できない。

 セヌはリギンディアの肢体を見やる。

 体にできた深い傷痕、左目は視力を失いつつあり虹彩の色が濁っている。

 これは。

『甲冑に食われたか』

「アースバルグもやってくれたよね」

『…………』

 半年前だった。

 アースバルグに新たな甲冑を鍛造させた。

 リギンディアが単身で斃した魔獣を魔兵器に代えてできたそれは、身体能力を向上させるという単純な能力を宿す。

 動力源は、何かへの信仰心。

 その情動だけに感応し、運動能力を強化する。

 だが――体の強度までは補わなかった。

 この甲冑で戦線に幾つも赴いた。

 戦いを重ねるほどに、体は傷ついている。

「左目は辛うじて見えるよ」

『足の傷が深いが』

「問題ない。レギュームの討滅が完了すれば、もう玉座から動く必要も無くなるし」

『ふふふ』

 リギンディアが体を前に倒す。

 卓上の腕枕に顔を伏せた。

「…………って来ないかな」

『む?』

「君が来ないと、僕は――」

 リギンディアの言葉にセヌが耳を傾ける。

 そのとき。

 屋敷が大きく揺れた。

 地鳴りにリギンディアがばっ、と顔を上げて周囲を見渡す。セヌも警戒の構えを取って、窓の近くへと走った。

 外の様子を窺って。

 仮面の下で息を呑む声がする。

『王よ』

「なに?」

『ヤツが…………』

「ヤツ?」

 リギンディアが窓へと近づく。

 窓外の夜景に目を凝らした。

「…………!」

 夜空の中に。

 夜闇よりも色濃い影があった。

 その足下の街では、ところどころで黒煙が上がり、火に照らされた街の景観に争う人の影が踊る。

 それを認めたとき。

 リギンディアの顔が笑みに歪んだ。





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