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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
五話『義憤の花』冬
812/1102

10.5



「やっと合流したか」

「ええ、何とか」

 反乱軍本部の基地でシュリーは苦笑する。

 カルノヤの前に直立する彼女の隣で、キルトラは正座をしていた。膝上に載せられた矩形の重石に堪えている。

 会議室のそこかしこで人が笑っていた。

 公開刑罰に堪えるキルトラへ。

 カルノヤは始終呆れた眼差しを送る。

「ユルヌの襲撃者、か」

「何とか撒いたけど」

「それだけは褒めておこう」

 カルノヤは嘆息する。

 ユルヌの民は剣呑な噂が絶えない。

 その強力さもさることながら普遍的にある最低限の倫理すら侵す唾棄すべき手段を厭わない残忍さ。

 そして。

 それでありながら自らは高潔な戦士と宣う。

 リギンディアに次ぐ異常性だった。

 太古から彼らは存在するが、現在は特に酷烈である。

 狙われれば無事で済まない。

「ユルヌを敵に回すのは面倒だ」

「いや、もう敵なんだろ?」

「いや、恐らく違う」

 カルノヤはちら、と隣のアーマを見た。

「まだ協定前だな」

「協定前?」

「大方、シュリー殿を殺してくれば協定を呑もうという条件を提示されたのだろう。リギンディアとしてもユルヌは敵だろうと味方だろうと厄介だ、そう易易と叶う条件を出さん」

「なるほど?」

「意味がわかっているのか?」

 カルノヤは嘆息した。

 そこから先は口にしない。

 リギンディアの、影人への圧倒的信頼。

 裏に確固たる実力への信用があるからこそ、シュリーの暗殺に失敗すると踏んで条件を提示したのだ。

 そう考えれば。

 ユルヌは条件を満たすべく動く。

 だがその間は敵でも味方でもない。

 条件を果たせず、ずっと曖昧な――つまり協定を提示される前までの状態と何ら変わりない関係を維持できる。

 狡猾で、それでもどこか甘い。

 ユルヌの実力、それも特徴として異形の大剣を帯びるとなれば、特徴としてユルヌを束ねる強者である。

 そんな相手に如何な影人でも苦戦は必至。

 評価については、カルノヤも自身の感覚が鋭い自負がある。

 だからリギンディアが甘いとわかる。

 キルトラをどこまでも信頼していた。

 敗けて死ぬことはない。

 まるで最も信頼する家臣のように篤い。

 リギンディアは歪んでいる。

 どこまでも。

 キルトラを自身の物と見做して間違いないと疑わない。

 当初はそこを弱点と判断していた。

 キルトラの逃亡と反乱軍への加盟、それが更に感情を拗れさせ、触れることすら危うい部分と化している。

 今や弱点などあるのか。

 カルノヤの観察眼ですら見えない。

「本当に影人は厄介だ」

「これ罰ってより何かタダの虐めじゃね?」

「黙れ、多少は受け入れろ」

「認めちゃったよ、オイ」

「広くを見渡し、助言を授ける預言者もいない今、我々にできることは限られている」

「え、イオリいないの?」

「ああ」

 キルトラが唖然とした。

 ずっと前から告げられてはいる。

 時代の変革する節目に英雄が現れ、事前情報も無くそこに転移させらると、その者に助言を与え、ある程度だけ導いて未来が決定するや自身は役目を果たして消える混沌である。

 つまり――。

「未来が決した、てか」

「そこで一つ問いたい」

「うん」

 カルノヤが視線を鋭くする。まるで内側まで見透かすようだった。

 射竦められてキルトラの体が強張る。

「やれるんだな?」

「ああ」

「良かろう」

 カルノヤが笑う。

 キルトラの膝上の重石を軽く蹴った。

 痛みに呻くキルトラへ、紙束を叩きつける。

 何事かと仕打ちに憤慨するキルトラは、目の前でぱらぱらと舞い落ちる髪に綴られた文字に目を留める。

 一文の中に、『作戦事項』とあった。

「それに目を通しておけ」

「半年後に合わせた作戦?」

「ああ、決着をつける」

「最初はあんなスローライフ送ってました風な人が、やけにやる気出すな」

「そのスローライフ?とやらが何かは知らんが何となく分かる。この一件が終わって帝国を整えた後、左に扇子でのんびりと暮らす所存だ」

「たぶんアンタの代じゃ無理だな」

「帝になった暁には貴様を処刑する」

「俺帝国民じゃないし」

「リギンディア諸共にな」

「うへぇ」

「しっかり目を通しておけ」

「へいへい」

「私は多忙でな、もう行く」

 カルノヤが背を向けて歩いていく。

 キルトラは今日何度目かの苦笑いを漏らす。

 それから。

「敵は多いな」

 去っていくカルノヤの背中へと囁いた。




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