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『宜しかったので?』
宮殿の庭園でセヌが疑問を口にした。
花を愛でていたアストレアが振り向く。
胡乱げに見つめる瞳は、セヌ自身にすら興味が無いようだった。
足下に咲いた一輪を摘み取る。
「ユルヌのことかな」
『ええ』
「どうして?」
『連中はレギューム創設から禍根のあった部族。我らこそ世を統べる秩序だと宣い、犯罪国家に堕ちた危険集団だ』
「そうだね」
アストレアは退屈そうに声を返す。
「レギューム打倒」
『…………』
「それが完了すれば僕にも牙を剥くだろう」
『なら、なぜ手を組んだ?』
「まだ協力関係じゃない」
アストレアが鼻で笑う。
先月だった。
ユルヌの民の一人がリギンディアを訪ねる。
それはレギュームへの叛意への賛同であり、対等な協力関係を築く提案だった。
これを一部の者は嗤った。
所有する国土の規模などが桁違い。
北の奥に住む小国の民と対等ではない。
だが、長く国を治世しており、今やリギンディアの配下となった各国の元重鎮たちはこれを悪くない協定だと判断した。
何故なら。
ユルヌの民は、一人で百の兵に優る。
国土や資源の差など些末な物。
彼らが全力を発揮すれば、それこそリギンディアの領土は四割が削られる。何より中枢を直接叩かれれば、如何なリギンディアとて敵わない。
それだけの戦力があった。
「そう、まだ協力関係じゃない」
そこで。
アストレアは条件をつけることにした。
シュリーを殺害すること。
条件を満たせば提案を飲んで世界転覆への覇道を共に歩む。
ユルヌはこれを快諾した。
「今はキルトラと戦っている頃かな」
『ユルヌならキルトラも』
「なぜ?」
『奴らは肉体より、魂へと通ずる攻撃手段がある。ワシやヌシでも、そう安安とは勝てない敵だ…………キルトラの守りがあってもシュリーを殺せる』
「無理だよ」
アストレアが自信満々に否定した。
仮面の奥でセヌは顔をしかめる。
『なぜ』
「魂に訴えかける力なんだろう?」
『ああ』
「そうか、ならやはり無理だよ」
『…………?』
「だってさ」
にやり、と美貌が悦に歪む。
「魂まで、私だけを想ってる人だから」
『…………』
「キルトラには通じないし、守られてるシュリーも殺せない」
『そうか』
どこまでも狂気に満ちた瞳。
セヌは危うい光を宿したそれに捉えられるのを危険に思い、そっと死角へと移動する。
『だが、外法の力を使う民だ』
「ギルの死体を持っていったよね」
『魂を扱う、か』
「なに?」
『いえ。魂の力が如何程かは知らない…………だが、あの男ならその拘束も』
セヌはそこで言葉を切った。
同時刻。
帝国領土内の山間部は戦闘中だった。
大車輪が縦横無尽に駆け巡る。
キルトラとユルヌの女性は山中を力走していた。追撃する車輪に弾かれ、または叩き落されて転げ回る。
そして。
その二人を甲冑も追走した。
『はっは!生き返っちまったぜ』
「ギル!」
『よォ、約束は覚えてるよな!?』
「どべぇッ!?」
木陰に隠れたキルトラ。
それを大車輪が木々もろとも吹き飛ばす。
銅を高速で直撃した巨大な金剛石に、キルトラの胴体が寸断される。分かれて他方向に上下の体が転がり落ちた。
迷わず甲冑――ギルは上体の方を追う。
斜面を滑り降りる最中。
横合いの藪からユルヌの女性が突進した。
前に大剣の切っ先を向けた攻撃に、ギルは甲冑の脛当てを向けた回し蹴りで防ぐ。切っ先に触れた脛当てが裂ける損害を受けながらも、攻撃の軌道を逸らした。
二人がすれ違う瞬間に女性が魔法を放つ。
黒く燐光する球体が三つ。
不規則に動いて甲冑の背部を命中した。
次はギルが斜面をもんどり返って落ちていく。
「人形の分際で!」
『はははははッ、オレを御すなんて百年早あああああ――――!』
叫びながらの転落。
女性は呆れながらも追撃の魔法を発した。
山中で色鮮やかに破壊力を有した魔力の爆裂に、二人の転落速度はさらに加速する。
やがて。
山の麓へとキルトラとギルが到着した。
その頃にはキルトラも下半身を再生しており、即座に立ち上がってギルへと向かう。
だが。
「右腕の再生が遅い…………!」
ユルヌの光線で受けた傷が回復しない。
遅々とした再生に焦りが生じる。
不死性と想像力。
それがキルトラの武器だった。
片方が機能不全ともなれば戦力は半減する。
加えて、現在は――。
『ぅおら!!』
「ぐ、はあ!!」
思考中の隙に大車輪が襲来する。
キルトラは変形した左腕で受け止めた。
漆黒の刃が、頭上から迫る金剛石の突進力に悲鳴を上げる。
体が地面へと沈んでいった。
その窮状の最中に、女性が背後に現れる。
「げッ!?」
「獲った」
『邪魔すんなゴラァッ!!』
大車輪がキルトラの上を回る。
そのまま背後の女性を正面から轢いた。
吹き飛んだ女性が受け身を取って転がり、跳ね起きるや再びキルトラへ肉薄する。
ギルとユルヌ。
双方の挟撃は苛烈だった。
奇しくも狙いは一致している。
競合ではあるものの、ときおり異様な連携力となっていてキルトラを追い詰めた。
このままでは………拙い!
「てか、お前ら邪魔!!」
キルトラは全身から手を伸ばす。
黒い腕が二人へと巻き付いた。
蛸の脚がごとく、きつく締め上げて拘束する。
「ぐ、小癪な…………!」
『や、るなぁ』
「ユルヌってのが何かは知らねえけど、これ以上はやらせない!」
キルトラはギルの方へと振り向く。
「すまん、ギル!」
『あ?』
「何の経緯か知らねえけど、分かるよ。お前………全力出せてないだろ」
『お、わかる?』
「そんな状態で決着なんか、約束を反故にしてるようなもんだろ」
『…………』
「俺は武人じゃなくてヲタクだからな。でもこれだけは言える…………今のお前とは戦えない。それに、お前よりも俺にとってはアストレアが最優先だ」
『………へっ、そうかい』
「だから」
キルトラは腕に全力を傾ける。
ギルの体が鎧ごと圧潰させられた。
巻き付いた腕の圧力が最大限発揮され、甲冑ごと破壊して息の根を止める。
動かなくなったギルを、地面に下ろした。
「さて、アンタは――」
「甘いな」
「えっ?」
女性の大剣が微光する。
柄本にあった瞼が開き、紫の瞳が現れた。
危険を察知したキルトラが彼女を放そうとして、直後に瞳から放たれた光線によって拘束していた腕たちが切り飛ばされる。
悠々と地面に降り立って。
女性は大剣を振ってキルトラに迫った。
「貴様を殺してから」
「シュリーをか」
「そうだ」
「お前ら侮ってるようだけど、アス…………リギンディアと共闘して甘い汁を吸う積もりなら甘いぜ」
「それこそ貴様もユルヌを侮っている」
「はっ、そうかよ」
キルトラは傷口を検めた。
遅くはあるが――回復はしている。
短時間の戦闘だが、ユルヌの民を名のる女性の能力の高さは把握した。全力で戦えば負けることは無くとも、それはキルトラが扱う戦法――相討ち覚悟の攻撃なので深傷を追うことになる。
最悪は――死。
決戦前に余計な損耗は抱えたくない。
「悪いけど殺させない」
「ふん、逃さんぞ」
「さて、どうかな」
キルトラが巨大な左拳を振り上げる。
身構える女性の眼前で。
そのまま地面へと強く叩きつけた。
「じゃあな!!」
「なッ!?」
周囲一帯が砕き割れて噴煙を上げる。
回避のために跳躍した女性の視界からキルトラが消えた。
女性が舌打ちする。
降り立った瞬間に大剣で煙を薙ぎ払う。
晴れた視界に映る大地の上に、だがキルトラはいなかった。
「まだ近くにいるな」
影人に魔力は無い。
全身が純粋に混沌で生成されているが故に、尋常な感知能力では捉えられない。無論、ユルヌの筆頭たる自身ならば、それも可能だった。
ただし。
感知範囲には限りがある。
今はそこに存在していない。
「必ず殺さねば」
女性は山上を見上げて嘆息した。




