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人や物の流れが入り乱れる。
港町の道そのものが生きているように、常に賑々しさでみち満ちていた。
その中を。
フィリアはそぞろ歩く。
「すごい」
これまで長く旅をしていた。巡礼者となって早二年、海辺の街は初めてである。
商店の彩りに目を奪われ。
人々の歓談や商売の取引に耳を澄ます。
異国の人間たちが公用語でたがいの認識を共有し合う光景は、平和な世界の象徴でもある。
そして。
拒絶し合わずに価値観の交換が行われる。
ここは『文化』が溢れていた。
しぜんと胸が高鳴った。
道の両手に並ぶ店の数々、その中に西方島嶼連合国の特産物の果物セリュックがあった。
フィリアはそちらに駆け寄る。
店員の眼差しも気に留めず。
一つ手に取った。
黄緑の皮をした楕円形の熟れた果実。重く、表面はごつごつと岩肌のように固く隆起している。
しかし、ひとたび皮を剥げば芳醇な香りを放ち、柔らかく甘みの強いが口の中で踊る。
フィリアの大好きな食べ物だった。
「セリュックなんて久しぶり」
「なん、だってぇ?」
「ひっ」
フィリアは小さな悲鳴を上げる。
知らない間に、小男が隣に立っていた。
故郷の物があるかもしれない。
目に映らなくて久しい好物に想いを馳せていたので、まったく気づかなかった。
思わずその場から飛びすさる。
小男がくつくつと笑った。
「それ、好きなんか」
「え、ええ」
値踏みをするような目。
小男はにたにたとフィリアを眺める。
この猛暑にコートのような白い僧衣を着てていた。直射日光に弱いとしても、晒した顔は日に焼けた小麦色をしているので健康的に見える。
ただ。
異質なのは、瞳が縦に割れていた。
瞳孔が獣と同じ形である。
不気味に思って身構えて。
「あれ?」
「あ?」
同時に覚えた違和感に眉をひそめる。
ふと頭に引っかかった感覚。
それはタガネと同じく――既視感だった。
「あの」
「何だよ」
「どこかでお会いしませんでした?」
「いいや、面識無いよ」
小男が首を横に振った。
フィリアは苦笑し、後頭部を掻いた。
「で、ですよね」
「それより、小娘」
「な、何でしょうか」
「アンタ、ここに来るのは初めて?」
「は、はい」
ふーん、と。
小男は小さく呟いて懐中から何かを取り出す。
銀色の首飾りだった。
意匠も無く、小さな琥珀の石があるだけ。
それをフィリアへと差し出す。
「なーら、これやるよ」
「これは?」
「あと数刻すれば、祭りが始まる」
「祭り?」
「海に感謝するって体のな」
フィリアは首飾りを受け取って。
面前に持ち上げて見つめる。
陽光を反射してかがやく銀は、高価では無さそうだった。
「これは」
「それはな、あの丘」
小男が街の東にある場所を示す。
遠目でも海に面した高台があった。
「あそこで開かれる食事会の参加証明だ」
「食事会、ですか」
「島嶼連合の料理も並ぶ」
「さ、参加してもよろしいんですか?」
「いいさ。ぜひ、ぜひ」
小男がにたり、と手をすり合わせる。
フィリアは首飾りを懐中にしまう。
「ありがとうございます!」
「それじゃ」
そそくさと。
小男はその場から去って行った。
それを見送ったフィリアは、セリュックを一つ購入した。耳飾りを見られないよう振る舞い、セリュックを受け取って店の前から離脱する。
皮を剥いて、一かじり。
懐かしい味がする。
「今日は良い日だなぁ」
今日は妙に人の縁に恵まれる。
過酷な巡礼。
それを最後までやり遂げた神からの祝福か。
フィリアは喜色満面の笑みで、セリュックをかじる。最後の一欠片を口に放って、指についた果汁を舐めとった。
また違和感。
久しぶりの味なのに。
何だか最近食べたような気がする。
「何でだろう」
フィリアは記憶をさかのぼって。
けれどセリュックは二年前から食べていないと悟ると、気のせいだと思考を打ち切った。
「早く教会に行こう」
地図を開いて。
街の南部にある教会を目指した。




