小話「二代目竜殺し」後・④
海龍の口から滂沱と血が迸る。
灼熱じみた激痛が内側で爆ぜた。
『ボブァッ!』
「――――」
たしかな手応え。
マヤの紅色の瞳が細められる。
喉元を貫通した巨剣の魔素が音もなく崩れて刃が消失する。残された傷口からも滝のような流血で海龍の青い鱗が上塗りされた。
頽れる海龍の胴体が頭上から迫る。
対して。
マヤは片手を上に掲げるだけだった。
唸りを上げて倒れてくる巨体に、自らも落下運動にありながら悠々と構える。
先んじて地面に着地。
だが、その場から退かない。
マヤの片手に、海流の超重量がのしかかった。外観を裏切らない重量差で、過たずマヤは圧潰されてしまう……………はずだった。
受け止めたマヤの足が膝まで埋まる。――被害はそれだけだった。
海龍にとって矮小たる存在。
それが真っ向から海龍を受け止めて生きていた。
ぐ、と五指が海龍の喉を掴む。
「次」
『のごっ!?』
マヤが上体だけをやや後ろに回す。
そのまま、掴んだ海龍の体を無造作に後ろへ投げた。
連動して長い胴体が波打ちながら上空へと飛び、やがて反対側の山へとしなだれかかるように叩きつけられる。
遠くで鋭く振られた尾に崖が両断された。
海龍を投げ飛ばして、マヤは手を放す。
悠然と膝を抜いて地表に立った。
倒れた海龍の首に剣を振りかざす。
「次」
『ご、ごいづぅ゛……………!』
「次」
『ま゛さが、正気もぉ゛』
「つ――ぎ?」
振り掲げた剣の握り手。
海龍を切り裂く最後の一撃を、横から伸びた手が掴んで止めた。
振り返れば、そこに銀髪の男が立っている。
咎めるような、憐れむような。
銀の瞳は複雑な情念の色を孕んでいた。
「やめろ」
「次、次」
「おまえさんはよくやった」
「次」
「止まれ」
「次」
銀髪の男――タガネが険相になる。
マヤの瞳に、理性の光は無かった。
振り向いた紅色の眼差しは、タガネに向いているようで捉えてはいない。平時より長く伸びた角と同じ奇妙な赤い魔素の光を宿している。
ぎしり。
剣の握り手から軋む音がした。
「次」
「!?」
マヤが乱暴に腕を振るう。
タガネの体が投げ放たれた矢の如く飛ぶ。
空へと斜方投射された体は、強力な慣性に捕われて動きづらい。マヤの姿が遠くなる光景に、タガネはようやく自らが投げられたことを悟った。
次いで。
小さくなっていくマヤの姿が忽然と消えた。
背後の虚空で破裂に似た怪音がする。
慣性と意思の間で生じた軋轢に悲鳴を上げながらもタガネは翻身して足を振るった。
爪先が背後の気配を捉える。
「やれ面倒な」
「次」
タガネの蹴りを、腕で受け止める。
マヤは片手の剣を振りかざした。
それに対してタガネが抜き放った逆手持ちの長剣で弾く。
二人の鼻先で鋼が交わる。
金属音とともにタガネの体が後ろへ飛んだ。
「信じられんな…………!」
思わず驚嘆が口をつく。
タガネは身体強化を発動していた。
全力の強化では無く、且つ空中という条件ではあるが、それでもマヤの一撃はそれらを上回った。
受け身を取って、地面を転がる。
体勢を立て直して頭上を振り仰いだ。
すでに、そこにマヤの姿は無い。
「これは、まさか」
「次」
「ッ!」
背後に砂を摺る足音。
タガネは振り向きざまに剣で薙ぎ払う。
それを真紅の剣が受け止めた。
「驚いたな」
「次、次、つぎ」
「何年と見なかった、おまえさんの本性…………では無いな。力に支配されてるってやつかい」
いつか聞いた、マヤの祖。
見守っていた月日では解禁されなかったその力が発揮されていた。
初見ではあったが、マヤから充溢する異様な魔力にタガネは確信する。
同時に。
本能が危険だと告げていた。
「次」
「さっさとマヤを返しな」
マヤが地面に足を踏み降ろす。
舞い上がる土砂の最中、吹き飛ばされないよう堪えたタガネは手を伸ばした。
その直後。
頭上の土煙が卒然と晴れた。
否、すっぱりと裂かれた。
真紅の巨剣が風を巻いて迫っている。
「次」
海龍に致命傷を与えた力。
その矛先が自身へと向けられていた。
マヤの意思を離れた肉体が放つそれは、意思による統制が無いぶん正確性には欠くが、威力は段違いに向上する。
何より、この距離で――正確性の有無など愚問に等しい。
受け太刀無用。
止めんとすれば剣ごと膾切りである。
だが、避けようも無い。
迫る死の刃を前に、タガネは――剣を構え直す。
「――『逆夢』」
銀閃が奔る。
マヤの巨剣が頭に到達する直前で、タガネは上体を左へと煽りつつ、一撃の側面を叩くように長剣を当てて横へと逸らした。
右側の大地が爆散する。
大地の震動に耐えて、タガネはさらに一歩を踏み出した。
返す刃の一撃を、マヤの腹部へ叩き込む。
剣の平を用いた峰打ち。
無防備だったマヤの体で衝撃が弾ける。
「つ――がはっ」
「次、次、ってか」
打たれたマヤの体が宙へわずかに浮く。
その間に、タガネは剣を振り上げた。
「戻りな」
マヤの体を、銀光を宿した刃が切り裂く。
長剣が胴を両断するように滑り、だが当たった箇所の肉体には銀の軌跡が刻まれるだけで血を噴くことは無かった。
瞬間。
マヤの成長した角が中程で折れる。
途端に虚ろだった瞳に光が取り戻された。
「え、あ…………?」
「今は眠っときな」
「う」
倒れるマヤの体をタガネが受け止める。
先刻までの鬼のような気迫は失せ、肩の上で寝息を立てていた。
タガネは漸く肩の力を抜く。
それから海龍の方を見遣って嘆息した。
喉の傷に苦悶してのた打ち回っている。
今ならばまだ気づかれない。
「ちと離脱するぞ」
マヤを肩に担ぎ直して。
タガネはその場から早々に立ち去った。




