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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
幕間
770/1102

小話「蕾の開く日」⑼



 剣爵領地へ急ぐ最中だった。

 山中にてタガネは逃げ惑っている。

 草葉の影から飛来する魔法たちを(かわ)し、折り重なる梢の隙間を空から正確にすり抜けて落ちる凶刃を弾き返す。

 足場のやや不安定(ふあんてい)な獣道。

 その上に人数不明の敵勢力。

 状況は無傷なことを除いて最悪だった。

「ちぃッ!」

 篠突(しのづ)く魔力の弾雨で土砂が舞う。

 先刻まで駆けていた場所が地滑りを起こした。

 タガネを追うように規模(きぼ)が広がっていく。

 山上から人影が傾斜を滑る。

 行く手で停止し、剣を構えていた。

「ここまでだ、剣聖」

「退け」

 両者の得物(ぶき)の長さは同じ。

 タガネはそれを一目で理解した。

 この山では、上も下も敵が潜んでいる。背後では地滑りがある他、頭上からは変わらない狙撃(そげき)が続いている限り、どこも退路は無い。

 ここは――押し通るしかなし!

 タガネが相手の刃圏(はけん)へと躍り込む。

 二人の踏み込みは同時だった。

「はあ――!」

「疾ッ――!」

 相手へと袈裟(けさ)に振るった一合目。

 わずかに遅れてタガネの剣が出る。

 しかし、その剣速(けんそく)までは同じではない。

 相手の剣にすぐ追いつくや、上から叩いて軌道を()しながら地面へと導く。

 自身の力に加えてタガネの力を受けた剣。

 使い手以上の運動力に引っ張られ、相手の剣は本人の意図しない方向へ、意図以上の力を発揮(はっき)して空振りした。

 その隙に。

 タガネが電光石火の斬り上げを繰り出す。

 銀の(ひらめ)きに一瞬遅れて、相手の首が血を噴く。

 続けざまにタガネの回し蹴りを胴体に受けて、下の斜面を血だるまになって転落していった。

 血を払いながら。

 ふたたびタガネは駆け出した。

「何人いるんだか」

 ぱちり。

 頭上で火花が弾ける。

 背筋に戦慄が走り、タガネは前へ飛んだ。

 黒コートの裾を掠めて、赤い(いかずち)が落ちる。

 切り裂かれた梢と、落雷地点で爆ぜた砂とともにタガネは宙を舞った。

 そこへ山下から一矢が放たれる。

 山上からは魔法が三弾。

 タガネは両方の接近を察知して回転する。

 回りながら、剣に帯びた白銀の魔力を斬撃(ざんげき)として解き放った。円環状に拡大していく銀閃が、魔法と矢をことごとく破壊する。

 タガネは地面しようとして。

 その着地地点が赤光(しゃっこう)しているのを目に捉えた。

 踏めば発動する魔法!

 着地と同時に足を失いかねない。

「くそっ」

 落下中に慌てて梢をつかむ。

 (しな)る枝の反発力を利用して、枝が振り上がる瞬間に地面に触れずさらに前へと飛んだ。

 赤光の範囲を過ぎた土を靴先(くつさき)が噛む。

 後ろで熱と噴煙が炸裂する。

 振り返ってタガネは舌打ちした。

「連中、上手いな」

 息つく暇もない。

 岩と降り注ぐ凶器たち。

 それら気を配りつつ行う敵の捕捉(ほそく)は至難だ。

 魔剣の無い状況では、まだ未熟ながら発達しつつある魔力を感知する(つたな)い感覚を頼りに探知するしかない。

 だが、それでは正確な数も計れない。

 人里までは遠い山中にある。

 街道を外れた獣道(ちかみち)を使って、思いもよらない襲撃を受けている――それが現状を説明することにおける最も簡潔な言葉だった。

 仕掛けられた罠。

 容赦ない人海戦術(じんかいせんじゅつ)による襲撃。

 ただの盗賊ではない。

 タガネと切り結んだ敵は――見慣れた僧衣。

 それらから正体を導き出す。

「魔神教団の残党かい」

「ああ、そうだとも」

 前後の地面から卒然と黒い影が立ち上がる。

 タガネは視線を鋭くさせた。

 魔神教団。

 三年前の艱難辛苦(かんなんしんく)を想起して嫌悪に顔が歪む。

 彼らと関わって碌なことがなかったと記憶しているタガネにとっては、言葉を交わす余地すらなく徹底(てってい)して関与したくない相手だった。

 特に、今のような状況で。

「我々は貴様を追っていた」

「へえ」

 黒衣二人が挟み撃ちを仕掛ける。

 後ろから腰へ長槍の一刺(いっし)

 前方から横薙ぎに鎌が払われた。

 タガネは(さや)をベルトから取り、前へと半身を向けるように立つ。後ろから迫る槍の穂先を鞘で横に押し流し、前方の鎌の刃を剣で下から弾き上げつつ上体を(かが)めた。

 槍は隣の虚空を切り裂く。

 鎌の刃は背筋を凍らせるような風切り音を立てて空振った。

 タガネは銀の瞳を光らせる。

 後ろへ身を翻すや、槍の長柄をつかんで相手を引き寄せた。体勢が崩れた使い手ごと槍を持ち上げ、再び前へと向き直りながら鎌の使い手へと振り回す。

 柄の先で黒衣同士が激突した。

 悲鳴を上げて二人が(もつ)れ合って倒れる。

「ふんッ」

 槍の使い手の首の骨を鞘の打擲(ちょうちゃく)で折る。

 鎌の使い手は顔面を剣で貫いた。

 二人を制圧したタガネは、一方を上に傘のごとくかざしながら駆ける。

 矢が頭上に掲げた黒衣が身代わりとなって受けた。ただ魔法までは防げないので、回避しながら山中を疾駆(しっく)する。

 やがて。

 黒衣が肉塊となるほど損耗し、盾の役割を失ったと判断して下へと投げ捨てた。

 それを一顧だにせず前進する。

 すると、再び前後を――それも以前よりも多勢で包囲された。

 タガネが顔をしかめる。

「話したいことがある」

「挨拶代わりに死人の尻に火を点けるような真似(まね)した挙げ句にその後でようやく話し合いたいってか」

「先刻のは軽い洗礼だ」

「おまえさんらの情緒を疑うね」

 黒衣の一人が進み出る。

 片手の長い湾刀を提げた姿に警戒心が高まる。

 タガネへ歩み寄る足取りに迷いは無い。

「妻の出産があるようだな」

「次は人の妻の話か」

「憎くはないのか」

「は?」

 タガネは思わず素っ頓狂な声を上げる。

「誰が」

「生まれてくる貴様の子だ」

「…………?」

「温かい家庭、己を思い遣る父と母に囲われてこの世に生を享け、自らの道を穏やかに進んでいく。貴様には許されなかった道を、平然と当たり前がごとく歩んでいくのだ」

「ああ、そういう」

「憎くはないのか?」

 黒衣の人物が尋ねる。

 タガネは思わず失笑した。

「どうでもいいな」

「なに?」

「俺が悲惨な道を歩んだとして、それは十中八九おまえさんらの教皇(あたま)が原因だしな」

「…………」

「それに、俺の子だから俺と同じとは限らん。何せ(アイツ)の血が混ざってるんでな。幸せになるか否かも、俺と同じか違うかも生まれる命次第ってな」

「そうか、下らない」

「概ね勘違いして、俺のありもしない憎悪心を(あお)って一家崩壊を企んだってか?――お粗末だねえ」

「ならば殺すだけだ」

 前後から一斉に黒衣たちが襲いかかる。

 瞬間。

 タガネの剣が銀の輝きを放った。

「それに、俺の人生が悲惨?そりゃあ――」

「ここで仕留め」

「大きな勘違いだね!!」

 タガネの剣が神速で放たれる。

 大きなうねりとなった輝きに呑まれ、黒衣たちは光の中へと溶けていった。




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