幕間「ガーディア戦争・急」⑥
砦の上階から街を眺望する。
ベストライは接近する影をその目に捉えていた。
障害物など構わず、幾つも立てられた天幕や旗を薙ぎ倒し、砦まで脇目もふらずに直進する姿はまさに暴力という概念そのものが猛牛へと化生した姿である。
すでに鎮火が済みつつある砦。
その入口前に構える警戒網まで、およそ数十秒で刃を交える距離に突入した。
ベストライも二本の剣を抜き放つ。
それから背後の人影を肩越しに一瞥した。
「手はず通りに頼むで」
「ええ」
「アンタらがくれた情報で遊撃隊の連中も今頃は袋叩きや。後は、牛翁を嵌めるだけで済むで」
「では始めましょう」
人影が手を振って合図を送る。
砦前の道の地面が光を放ち始めた。
牛翁がそこへ踏み込んだ途端、急速に光量が増して街の一角を煌々と照らす。光の中で、牛翁はその場に膝を屈した。
地面に腕を突いて項垂れる。
砦前で歓声が上がった。
「ホンマかいな」
「いかに牛翁とて生き物。五識が狂えば動けはしませんよ」
地面に仕込んだ催眠の術式。
目を封じて触覚頼りの牛翁には効果覿面だ。
「ほな、首チョンパやな」
ベストライが上階の窓から飛び降りた。
亜人種の高い身体能力で発揮する全力の跳躍により、ぐんぐんと飛距離を伸ばして牛翁の背筋へと降下していく。
接近するごとに首の状態がわかる。
太く膨らんだ畸形の筋が密集しているかのように見紛う首は、ベストライに太い鉄柱だと錯覚させた。
一刀での両断は不可能だと直感が告げている。
ならば。
「さあて、やろうか」
晒された項。
抉り取れば確実に絶命できる。
方法を変え、宙で構えた。横に水平にした二本の剣を後ろへと引き絞り、牛翁へと落下する最中で回転をかける。
巡る凶刃が速度を増す。
牛翁の首まで、あと――…………。
「ぶるるるぉおおおおおぅッッ!!」
「げっ」
牛翁が雄叫びを上げた。
振り上げられた片角がベストライを打ち上げる。
幸運にも剣越しの直撃だった。
火花を散らして上空に跳ね返されるベストライを砦前の兵士が唖然として振り仰ぐ。
牛翁はその間も稼働していた。
五識の無い体を戦意が動かす。
振り上げた拳を地面へと叩きつけた。衝撃が周囲一帯へと拡散し、耐えきれなかった大地が噴火じみた土煙を上げて噴き上がる。
裏表が裏返るような光景。
眼下の景色にベストライの顔が引き攣った。
天幕たちが上下逆さに沈む。
地面から弾かれた土砂がベストライの横を過ぎて更に高い空へと消えていった。
思わず笑いがこぼれる。
「化け物かいな」
「もお、もお、もおおおおおお―――!!」
叩きつけた拍子に地面に突き立った腕を牛翁は強引に振り上げた。
地表の部分が蓋のごとく覆る。
持ち上げられた瓦礫が、まるで砦前の地面のすべてを均すかのように兵士もろとも叩き潰した。
砦の前面が濛々と煙る土埃に蔽われる。
その中で牛翁の足音は続いた。
天幕の一つに落ちて、ベストライは即座に立ち上がる。
足音は――近づいてきている。
「もうワイの臭いに気づいとるんか」
「おンまえから、友の臭い」
「友?」
「ヨゾラの臭ンい」
「へえ、アンタも騙されとるっちゅーわけか」
「いいンや」
轟風に煙が掃われる。
牛翁の威容がベストライの視界に現れた。
両手に鎖で繋いだ戦斧と大鎚が、少し揺らすだけで重厚な金属の軋音を鳴らす。
獲物めがけ、その足は悠揚と進む。
「将軍をお守りしろ!」
「投擲!!」
周囲に身を潜めていた兵士が槍を投じる。
砦の上からも掩護として矢が放たれた。
ベストライは剣で自身に降りかかる物は払い落としつつ、牛翁の状態を検める。
傷は――一切無し。
矢の鏃は直撃と同時に砕け、槍は折れる。
「ホンマに同じ獣人かいな」
「邪ン魔」
引きずるように。
牛翁が後ろへと戦斧を振り上げた。
抉られた地面から、砦へと衝撃が風となって奔る。
砦正面の大階段が崩壊し、続いて入口が轟音を立てて爆散した。
その余波で砦上の弓兵の援護が止まる。
「望みは何や?」
「おンまえの首」
「こっちが金で雇う言うても?」
「獣国最強、それ以ン外に望む価値無し」
「ははっ、ご立派」
ベストライは観念して構えた。
「遺書、書くの忘れたわ」
「戦士の墓標は首だンけで充分」




