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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
幕間
744/1102

小話「死の隣人」⑺



 砂浜から離れた磯の上に家がある。

 ハキに促され、二人はその中へと入った。

 入るなり、広げた布の上で今日とったばかりの新鮮な魚を捌き始める。淀み無い手先の運びに、トエルは思わず見入っていた。

 森の奥深いところにある村の出身。

 海とは無縁だったので、魚が調理される光景じたいも初めて目にした。

 一方で。

 男は部屋の隅にいる。

 剣を抱き、うずくまるように寝ていた。

「あれは?」

『また徹夜だよ』

「徹夜」

 たしかに。

 男は夜半も歩いていた。

 夜しか活動できないトエルと同じくして、昼まで村を目指してひたすら移動を続けたとすれば疲労も理解できる。現に、トエルもまた目の奥にずっしりとのしかかるような眠気を覚えていた。

 ハキは微笑んだ――気がする。

 その口許から喉にかけて包帯が施されて見えない。

「どうして徹夜なんか」

『早ければ二月の間隔で文を、近くまで仕事で寄れば必ずここへ足を運ぶんだ』

「何の為に?」

『僕の様子を見に、ね』

「…………」

『僕には昔、優しい兄がいた。

 村で最も海の表情に詳しい人で、素潜りで穫れない魚は無かった。ある日、僕が頼み込んで一緒に海に行ったときに沖まで流されて…………僕を助けるために鮫に食われてしまった』

「あ」

 トエルは息を呑んだ。

 全身から血の気が引いていく。

 男が砂浜で気分転換と称して語った話と符合する特徴が多い。鱶に遭遇して兄と喉を失った弟の悲惨な内容だった。

 ――いずれ知ることになる。

 男のその言葉が脳裏に蘇った。

『あの人は、僕を心配してくれるんだ』

「…………優しい人ですね」

『いや、すごく意地悪だよ』

「たしかに」

 優しい人。

 それよりも即答で同意した。

 砂浜で弄ばれたばかりである。

 未だに恨みで思わず拳を握ってしまう。

『僕だけじゃない』

「え?」

『僕以外にもそういう人と縁があって、よく彼は仕事の帰途なんかで顔を見に来るんだ』

「…………」

『少し前、彼が新しい力に目覚めたとかで僕のこの怪我した喉をどうにかできると思って来たんだ。結果、『相手に声を伝えられない』という限界を超える力が与えられた』

「それが剣聖の…………」

『応用した『潜り』だと、ときおり死者とも話せるんだ。どれだけ昔の故人であろうと』

「じゃあ、お兄さんとは」

 ハキが力なく首を横に振った。

『いつも話しかけるけど、答えてくれない』

「…………」

『きっと、僕を恨んでいるんだ』

「…………つらい?」

『たしかに、つらいさ。でも、こんな僕に誰かと話すことができる声をくれて、心配してくれて、短い時間だとしても兄との思い出を共有してくれる』

「あの人が加護を?」

『知らないの?あの人は剣聖だよ』

 トエルは部屋の隅を見やる。

 男は眠ったままだった。

 抱いた剣を放さず、静かに寝息を立てている。

『ひとたび目をかけたら見捨てない』

「見捨てない」

『あの人は、そういう人だ』

「煩わしく、思ったりはしないの?」

『え?』

「あ、いや」

 きょとんとした顔でハキが振り向く。

 トエルは口をついた言葉を顧みて、失言だと悟って慌てて撤回しようとした。

 だが。

『たしかに、ズケズケ来る人だよね』

「え…………」

『でも、こうしろ、ああしろとか言わずに、悪いか良いか、それが本当に自分を大切にしてるかって問いかけて、最後にどうするかの裁量は相手に委ねてくれる』

「考えさせるってこと?」

『ほら。迷惑な質のお節介焼きって一方的で、こうればいいからこうしろ、って強要して本人から判断の余地を奪うだろう?』

「…………たしかに迷惑かも」

 ハキが手元へ視線を戻す。

 話している途中でも作業は続いていた。

 すでに捌いた魚を水で洗っている。

『彼はそんなことをしない』

「…………」

『踏み込んで来て、どうしたいかって応えを引き出すだけ。本当にどうしようもなくて、道を踏み外そうとしていたら止めてくれる。そういうのって、相手を本当に大切に思ってるからできるんだよね』

「…………うん」

『だから煩わしくないよ』

「加護は、良いもの?悪いもの?」

 ハキは手を止めた。

 口元は見えないが、笑顔なのは分かる。

 トエルは彼を見つめて押し黙った。

『この加護は、たしかに危険性もある』

「戻れなくなる、だっけ」

『死者との対話だしね』

 根幹から異なる死者との対話。

 その理の外にある力には、とうぜん犠牲がある。死者との対話に耽れば、それだけ死者に歩み寄る行為であり、生者としての実体が薄く弱くなっていく。

 やがては、死者とも生者とも異なる中途半端なものになりかねない。

 その危険が付いていた。

『でも、この力で人に感謝を伝えられる』

「…………!」

『また人と繋がることもできる。声がなくたって人とは関われるけれど、以前よりも村の人たちと密接に関われるようになった』

「じゃあ、良いもの?」

『違うよ』

「悪い?」

『違う。これを良いものにできるか、悪いものにできるかは僕次第なんだ』

「ハキくん、次第?」

『タガネさんが切欠を与えて、僕がそれをどう使うかって話だから。その力の良し悪しは使い手に限る』

「使い手に限る…………」

 トエルは懐に手を入れた。

 使い手によって良し悪しが定められる。

 ならば――トエルの加護は何なのか。

 ただ傍にいてくれる者を望み、欲するあまり家族でもなく、身を冒す病そのものに愛情を抱き、片時も離れないよう獣の形へと権化させ鎖で繋いだ。

 人に害をなしたことはない。

 果たすべき方途もない。

 なんの為に存在しているのか不明である。

 ルーデアに言われて『剣聖の加護』の善悪を判じるべく赴いた。

 だが、もっと身近に問題はあったのだ。

「私自身のこと、か」

 果たして。

 己の身に宿った力こそ善悪どちらなのか。

 加護に対してではない。

 自分自身を見つめ直すことが必要だと、トエルは悟った。





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