9.5
「預言者と帝国第一皇子、か」
アーマは会議室でカルノヤと対していた。
本拠地を当てる情報力と、そこへ自ら踏み込む胆力は帝都での評判とは大いに異なる。
カルノヤは大うつけ者と呼ばれていた。
帝室の財に物を言わせた豪遊や、遊女を囲って宴を開き、執務を完璧にこなす技量がありながら、その務めを放り出して旅行に出るときすらある。
何より。
帝国転覆の際には事態を予期していながら阻止ではなく逃走に転じて、誰よりも先に安全圏へと逃れた。
帝国皇子としての矜持、責務、自覚。
その三大要素を欠いた剽軽者なのだ。
「何をしに来た」
「貴様らが反乱軍と聞いて、顔を見にきた」
「我々はリギンディア勢力の討滅を目的としている。帝国の復活やその他についてはどうでも良い」
「ほう」
カルノヤは供された茶を上機嫌に啜る。
周囲から鋭い警戒の眼差し。
背後には槍衾が展開されているにも係わらず、始終カルノヤには緊張感も無い。まるで天が己の味方が如く、敵意や悪意の前でさえ微笑んでいそうな涼やかな面持ちでいた。
それがアーマには気に食わない。
反乱軍との接触。
長く身を隠していたのに、何の脈絡も無く現れたカルノヤは疑心の種でしかない。
何が目的なのか、誰も読めなかった。
「目的は何だ」
「無論、帝国の復活だ」
「なぜ」
「我は別に、唯一の皇子という責任で言っているわけでもない。苦しむ民を見ていられないなどという笑い話もしない」
「……………」
「単純に、脅威の排除だ」
カルノヤが微笑みながら告げた。
「この先もヤツは暴虐を働く」
「…………」
「特に我を目の敵にしている。そんな場面があったかと思うが、ヤツはずいぶん我の能力を警戒していてね」
「それが何の――」
「別に隠居も構わないが、いつまでも逃亡生活というわけにはいくまい」
アーマは思わず顔をしかめた。
無辜の民の為ではない。
帝室の誇りも賭けていない。
国の有り様を嘆いてもいない。
単純に、己の身辺が危ういから排除する。ただ一点だけ、自分が安全であることだけを念頭に置いた考えだった。
およそ帝室の人間とは思いもしない発言である。
だが。
「我々はあなたに協力する義務は無い」
「そうだな」
「その上で問う、目的は何だ?」
「リギンディアの排除。その為に貴様らの手を貸せ」
「…………帝室の血は伊達ではない、か」
「……………」
「我々に協力しろと言うが、利はあるのか」
「凱旋する帝室皇子というちっぽけな求心力と、我が帝国兵総勢四万以上…………預言者と、リギンディア勢力への内通者」
「内通者!?」
アーマが詰め寄る。
カルノヤは不敵に笑っていた。
「本当に、いるのか」
「いま交渉中だが、十中八九こちらに就く」
「リギンディア勢力の、どこに所属する?」
「中枢だ」
「罠の可能性が高い」
「無いと断言しよう。実際に会って人柄も知っているし、リギンディアによる洗脳の毒牙にかかっていない者だ」
「…………」
断言するカルノヤを皆が不審顔で見た。
リギンディアの勢力は一枚岩。
彼の下に就いた者は、ほとんどがその革命に賛同する者、洗脳されて忠誠を誓う者、あるいは血と暴力を好んでいるだけの者…………いずれにしてもリギンディアを裏切らないだけの忠誠心がある。
内通者を作るのは至難の業。
火中に燃え尽きない薪を置くような物である。
「それは追々として」
「…………」
「四万の兵は必要だろう?」
カルノヤが問いかける。
アーマはしばし黙り込んで、やがて嘆息した。
「良かろう、協定を結ぼう」
「ふん、では預言者をここへ呼べ」
「預言者を?」
「ついでに、あの影人もだ」
「…………なぜだ」
カルノヤが卓上に頬杖を突く。
「リギンディアへまず一手だ」




