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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
五話『義憤の花』秋
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 蛻の殻になった牢。

 リギンディア王は無言で中を見つめた。

 盛大に破壊された拘束の鎖と乱れた葩たちが足下に散らばる。抉れた壁面と床から、車輪の痕であることは容易に察した。

 屈み込んで荒れた床面に触れる。

 事態は理解した。

 何が奪われたかも知っている。

「いやだ」

 だが、納得はしていない。

 リギンディアは掠れた声で呟いた。

 ふらりと立ち上がって外へ出る。

 崩れた通路と、仰臥したギルの死体に目を留めた。歩み寄って、微笑みを湛えるギルの死相を観察する。

 悔いの無いような清々しさ。

 満足して逝った戦士の相である。

 リギンディアがゆっくり足を振り上げた。

 その高く掲げた足裏を――ギルの顔面へと一直線に振り下ろす。

 ぐしゃり。

 肉と骨が混ざって拉げる音がした。

 続けて、もう一足を叩き下ろす。

 血が通路に飛び散り、死者への打擲だけが繰り返された。兜の奥から荒い呼気が漏れ、庇の奥で爛々と薄桃色の瞳が光る。

 やがて足を止めた。

 原形も無いギルの顔を一瞥する。

 下ろした片脚は血塗れだった。

「いやだ」

 消えそうなほど小さな声でつぶやく。

「いやだ、いやだ」

 いなくなった。

 また、消えてしまった。

「いやだ、いやだ、いやだ」

 前回は不慮の事故だった。

 だが、今回は…………彼から逃げられた。

「いやだいやだいやだいやだいやだいやだ」

 リギンディアの中で崩れる音がする。

 奥に潜んでいた『アストレア』。

 彼女の悲鳴だった。

「あああああああああああああ――――――――!!」

 大絶叫。

 兜を突き抜けて地下都市に響き渡る。

 怒りと悲嘆が入り混じった声だった。

『王よ』

「あああああ――――………あ?」

 音もなくセヌが現れる。

 水分を含んだ黒衣から水が滴っていた。

 配下のその有り様に気づいて、リギンディアが止まる。

 光を失った虚ろな瞳がセヌを映した。

『反乱軍に奪われました』

「知っ、てる」

『ワシの不手際です』

「うるさい」

 リギンディアが兜を取り去った。

 それからくつくつと笑い出す。

「逃げられたんだ、キルトラに」

『彼はヌシを好いていない』

「どうでもいいよ、そんなの」

『…………?』

「彼の好き嫌いは問題じゃない。ただ彼が私の腕の中にいないことが駄目なんだよ」

『追いますか?』

「方法を変える」

 ぐるんっ、と首が回った。

 およそ人間の可動域を出ているかのようなほどにセヌの方へと向いたリギンディアは、その奇怪な様相を呈する状態のまま微笑む。

 先刻まで悲鳴を上げていたときと別人だった。

「逃げ場所を奪えばいい」

『は?』

「どこへ行こうと無駄だとキルトラに思い知らせる」

『…………つまり、世界を?』

「うん。以前から考えてたけど、今してしまおう。いずれは我々の正義を世界に示して、レギュームと対立しなくてはならないのだから」

『如何しますか』

「レギュームが大事に抱えてるモノ、不可侵の領域を先ずは侵害する。

 そうだね…………」

 アストレアは正面に向き直った。

 その足下に花が咲き始める。

「アースバルグ一族の島を、落とす」

 リギンディアが歩き出す。

 地下都市の出口へ向かう足取りはしっかりとしており、それを見取ったセヌがうなずく。

 キルトラの死は阻止された。

 だが、現状は結果的に同じ効果を得ている。

 キルトラがそばを離れること。

 それがアストレアの成長剤だった。

 十年前。

 キルトラが一向に現れない間に不安を煽り、彼が職場や様々な場所で受けていた冷遇について事細かに語った。

 元から孕んでいた歪な思想の種を萌芽させるには、キルトラの存在が最も有効になる。

 読み通りに。

 アストレアは暴虐の王として目覚めた。

 自身のように、特異な力と不穏な予言があるだけで遠ざけられてしまった不完全者と、キルトラのごとく生まれながら形が無いことで同族からも蔑まれる不完全者。

 この二つが虐げられない世界。

 その確率にアストレアは動き出した。

『更に成長するぞ、彼は』

 セヌはそっと囁く。

 ふと。

 進行方向に新たな人影が現れた。

 リギンディアの前に立ちふさがる。

「シュリー」

「アストレア」

「その名は、二人のとき以外はやめて欲しい」

 侍女シュリーが前に進み出る。

 アストレアの手をつかんだ。

「あなたは何がしたいのですか」

「…………?」

「私はあなたの母君から、あなたのことを任されています。もうお止めなさい、これ以上は――」

「母上から任されて、か」

「…………アストレア?」

 ふっ、とリギンディアが笑う。

「母の願いで無ければ私のそばにはいてくれない、ということですね」

「…………何を言って」

「私は止まりませんよ」

 リギンディアは手を振り払って進む。

 隣を過ぎる彼へとシュリーが声をかけようとして、その肩をセヌが掴んだ。

『手遅れだよ、何もかも』

 嬉々とした声色で囁かれる。

 セヌが主の後に続いて歩いていく。

 その背中を見送るしかできなかったシュリーは、懐中から一枚の手紙を取り出す。

「…………許して、アストレア」





 その頃、キルトラは帝都を脱していた。

 反乱軍とともに西へと向かう。

 アーマを名告る統率者の女性に連れられて出た検問を一度だけ振り返る。連絡も無く消えることに、以前のこともあって罪悪感を覚えた。

 せめて一文を残したかったが。

「さっさと歩け」

「はい」

 アーマは容赦がない。

 命令以外の行動は徹底して封じる。

 長期間の牢屋生活から解放されたことで苦辛に対する度合の判断基準や耐性が変わったキルトラとしては、まだ細やかではあった。

 彼女に従ってキルトラは歩く。

「何処に行くんですか」

「貴様に話すつもりはない」

「キツイな」

「まだ貴様を信用したわけではない。リギンディア王の弱点と知って誘拐しただけだ…………貴様に利用価値があると踏んだ上で連行しているが、貴様の命は私の掌中にある」

「ア、ハイ」

「くれぐれも忘れるな」

 直截な脅迫にキルトラはうなずいた。

 逆らえば死ぬ。

 あまり牢屋の中と変わらないかもしれない。

「へへ、どうとでもなれ」

 思いやられる先に。

 キルトラは情けない声を出すしかなかった。





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