幕間「ガーディア戦争・破」⑧
タガネは砦下を巡っていた。
天幕が立てられ、小さな商いが行われている。
即席で町のような景観が作られ、戦争による需要もあってか活気は大きな町にすら劣らない。
だからこそ罠を仕込みやすい。
タガネたちは正に作戦行動中だった。
分かれて行動し、一人が宮廷魔導師が用意した炎を発生させる術式を仕込んだ石を用意する。いかに距離が離れていても、術式を刻んだ者の任意で魔法を発生させる絡繰となっているため、奇襲には好適な武器だった。
タガネも懐に術式仕込みの石を呑んでいる。
あとは予定地点に設置するだけ。
「障害があるとすれば、見てくれかね」
問題なのは外見。
現在は外套のフードを被って隠している。
道中もだが、タガネへ注視が募った。
フレデリカの評価通り――女装に適合しているのだ。不審感を回避するための方策だが、必要以上に人の注目を集めている。
タガネとしては、はなはだ煩わしい。
これでは石の設置すらままならない。
つくづく作戦の真意を糾したくなった。
心の内が表出しないよう努めて表情を消す。
「おい、そこの小汚いの」
「…………」
「顔を隠して歩くのはやめとけ」
声をかけてきた商人へと振り向く。
警戒の色を含む相でタガネを見ていた。
「密偵と疑われかねないぞ」
「…………」
タガネは一礼してフードを取る。
男の顔が一瞬だけ強張った。
しばらく沈黙して見つめ合う。
「…………」
「やっぱ、隠しといた方が」
「お、可愛い子がいんじゃん」
フードを取った矢先。
さっそく好奇の眼差しが集中する。
数多ある視線の一つから二人組の男が笑顔で接近した。タガネは舌打ちしたい気分なのをこらえて冷たい表情で対する。
すばやく辺り一帯を流眄した。
人集りで退路が無い。
勧誘しに近づく男たちとは異なり、離れて好奇心で物色する者たちで塞がれていた。女装した途端に増大する面倒の大きさにタガネは内心で悲嘆に暮れる。
すべてが槍王への恨みへ転じた際には度し難いほど強大になっているだろう。
タガネは嘆息しつつフードを直す。
「おいおい、照れてんのか?」
「隠さなくていいじゃんかよ」
「ちっ」
タガネは外套の下で腕を構える。
やむを得ない。
早急に打撃で気絶させた後に、使うことに抵抗はあるが持ち前の鋭い眼光で周囲を脅して黙らせる他ない。
今のタガネは喉の潰れた旅芸人の少女。
荒事自体もご法度だが、言葉で撒けないとなると他に方法が――…………。
「…………」
「ん?どうした、嬢ちゃん」
タガネは横を一瞥する。
先刻にフードを忠告した商人だ。
商人がその視線に小首をかしげる。
タガネはフードの下で歯噛みしながら、さっと商人の方へと素早く身を巡らせるや、その体へと寄り添うようにしなだれかかる。
その場の一同が固まった。
「ちょっ?」
「…………」
タガネは商人と腕を組む。
その様子に男二人が怪訝な顔をした。
「おいおい、おっさん」
「そりゃ俺らの獲物だぜ?」
「いや、は、は?」
困惑する商人へと男たちが詰め寄る。
タガネはさりげ無く商人の背後に隠れた。
タガネを欲する男二人と商人の噛み合わない論争が始まり、その熱が上がって彼らの気が逸れたのを頃合いと見計らって離脱する。
さっと観衆の間をすり抜けて駆け去った。
まだ争う声が聞こえる。
見えなくなる場所まで移動した。
一つの天幕の裏側に隠れて一息つく。
「お、ヨゾラはん!」
「…………!」
「ははっ、そんな怖い顔せんといて」
危うく奇声が口を出かけた。
タガネは偽名を呼んだ声に振り返る。
人を撒いたと確信したところへ、気配も無く現れたのは獣面の戦士――ベストライだった。
検問で会って以来である。
タガネは周囲を見回す。
退路は幾らかあるが、将軍を撒くと不審感を抱かれる。
「また会えて嬉しいで」
「…………(この装いは厄の元だな)」
「あ、見つけたぞ!」
また別の声。
つい先刻の男たちのものである。
タガネの隣を挟むように二人が立った。
肩に手を置かれる。
「逃げることねえじゃん」
「ささ、行こうぜ」
「おいおい、ちょいと待ってくれへん?」
男二人の行動をベストライが阻止する。
タガネを中心に三人で睨み合っていた。
「ワイが今から茶に誘うところや」
「こっちが先約なんだよ」
「そうだ、そうだ」
「どうせ一方的なもんやろ。紳士に振る舞えんのか己ら」
「はあ?欲望丸出しの獣面に言われたくねえな」
「おお、喧嘩売ってんなら買うで」
頭上で口論が繰り広げられる。
周りに人はいないが、逃げられない。
タガネは思考を放棄して空を見上げた。
「…………(今なら、三人殺れそうだな)」




