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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
四話「橋織る谷」・下巻
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 朝露に濡れる谷間の薄闇。

 洗練された河原の石を(ひづめ)が叩く。

 楚々と流れる清流のそばの木陰には、水を飲みにきた鹿の群れが集まっていた。水面を()むように流水で口をすすぐ。

 水分補給を終えると、葉肉に露をつけた草へ殺到する。

 ふと。

 一頭の雄鹿(おじか)が首をもたげた。立派な角は大樹の枝のように手を広げている。

 その体躯もまた大きい。

 集団を率いるに相応しい威厳を備えていた。

 周囲を眺め回すその雄鹿の動きが固まる。

 近くの河岸の岩影に目を細めた。

 警戒にわずかに毛が逆立つ。

 河原から前足が一瞬だけ浮いて。

 転瞬(てんしゅん)

 岩影に微かな光の閃き。

 それを視認した雄鹿の頭が矢に射抜かれた。

「獲った!」

「へえ。こりゃ美事」

 歓喜と感嘆の声。

 河原に雄鹿が倒れ、それを合図に鹿の群が一斉に散った。

 岩影から二人が顔を出す。

 一人は弓を掲げたマダリ。

 もう一人は、剣を手にしたタガネだった。

 そそくさと河原に飛び出す。

 マダリは雄鹿に寄るなり、その腹を短剣で(さば)き始める。たいがいの獣肉(ししにく)は獲ってすぐに処理を済ませないと臭みが出る。

 臓物を取り出し、肉を水で洗う。

 河が近いのは好都合だった。

 流れるような手際でマダリは肉を片していく。

「手慣れてるな」

「そりゃ元山賊だもんな!」

「ふうん」

 タガネはそれを隣で観察した。

 まだ断末魔の痙攣も無い鹿の肢体(したい)

 マダリの鮮やかな一射で苦悶もなく息絶えたらしく、その顔は穏やかだった。

 これが山賊の狩猟の手練か。

「これで今晩は困らないだろ」

「ベル爺は胃もたれするかもな」

「えぇ、よわ……」

 マダリが顔を引き攣らせた。

 そして、その話題に呼応したように。

「おお、何か捕れたかのぅ」

 対岸の河原で老人が手を振った。

 大魔法使いベルソートである。杖に股がって、河の上を横断してそばに着地した。

 ふわり、とそよ風が起きる。

「鹿肉が獲れたぞ」

「ワシ、羊肉の方が好きじゃ」

「そんなこと言ってくれるな。マダリが頑張って仕留めたんだぞ」

 タガネはそう言って。

 マダリの頭にやさしく手を置く。

 すると、マダリが含み笑いを漏らした。誇らしげに鹿の脚を持ち上げてみせる。

 ベルソートがむう、と小さく唸った。

「我慢するしかないのう」

「おまえさん何様だよ」

「年長者は敬うのは世の礼節じゃ」

「爺の文句に付き合ってられんよ」

 悄然とベルソートがうなだれる。

 タガネはマダリから受け取った肉を(みぎわ)に持ち運んで、一つずつ水で洗った。

 血で清水に赤い(もや)がにじむ。

 手元を真っ赤にしたマダリが顔を上げた。

「ベル爺、今晩は鍋だよ」

「な、何じゃとぅ!?」

「胃に優しいから食べてくれよ」

「おうおう。善き子じゃ、善き子じゃ」

「お調子者め」

 ベルソートが歓喜する。

 マダリの顔を手ではさむように撫でた。

 戯れる二人を肩越しに見て。

 タガネは嘆息混じりに悪態をついた。

 灰色の瞳が頭上を振りあおぐ。河原に手を伸ばす梢には、おびただしい蜘蛛の巣が張られていた。

 放射状に広がる銀の糸。

 その網の目を、赤黒い異形の影が這う。

 タガネは苦笑した。

 この谷に来て、はや六日が経つ。

 毒虫の活動が活発化している。

 六日前、鐘の音を遠くに聞きつつ、マダリを連れて村から脱出した。その後は、対岸の山の置くにある山賊の小屋に身を潜めている。

 現在は誰も使っていない。

 元は、マダリの属していた山賊の住処である。

 好都合なので利用していた。

「ほら、帰ろうぜ」

「そうじゃのぅ」

 マダリが肉を麻袋に入れて立つ。

 ベルソートは浮遊した長杖に乗り、その端に鹿の皮をくくり付けていた。

 何とも器用。

 感心しつつ、タガネも彼らと共に河を渡る。

「なあ、おっさん」

「あん?」

「こわ」

 おっさん呼ばわりに。

 タガネが険相で振り返った。

「本当に、デュークは……」

「ああ、かなりの悪人だ」

「そっ、か」

 マダリが顔を暗くする。

 タガネはかける言葉が出ず、その煩悶をごまかすように後頭部を掻いた。

 山頂の実態を伝えた。

 デュークは魔神教団司教であり、彫像たちは彼が崇める魔獣によって石化した人間たち。その中には、マダリのいた山賊もいる。

 マダリが小さく失笑した。

「おいら、捨てられたと思ってた」

「……」

「どっかの戦争に参加するらしくて、みんな俺を小屋に置いて行ったんだ。最初は待ってたけど、日が空いてく内に不安になった」

 マダリの目が虚ろに空を見上げた。

「そん時、デュークと姉ちゃんが拾ってくれたんだ。河で狩りしてるときに」

「そうか」

「でも、親父やみんなは魔獣の餌になってたんだな」

 包み隠せない悲嘆。

 それが幼いマダリの声音を染めていた。

 ベルソートが後ろの山を振り仰ぐ。

「様子からして、蛹まであと七日じゃのぅ」

「それまでに」

「ああ」

 タガネは隣を見た。

 マダリの瞳の奥で、ほの暗い感情の(ほむら)が滾っている。危険な色を孕んでいた。

 仲間の仇討ちだろう。そのために、デュークと戦う。

 その覚悟する姿が痛々しく見えて。

 タガネはマダリから視線を外す。

「ヤツを討つ」

「だが戦力が足りんぞ」

「ベル爺も参加してくれな」

「魔神とは縁があるんでのぅ……」

 ベルソートが腕を組む。

 首を横に傾けて苦しそうに顔を険しくした。

「今回だけじゃぞ」

「助かる」

「だとしても戦力が足りんぞい」

「……まあ、確かに」

 ベルソートが加勢する。

 これだけでも破格の好条件だが、さらに障害があった。

 大魔法使いは、実力的にも魔獣デナテノルズを担当する。そうなれば、その間にデュークなどの露払いをする人員が必要だった。

 ベルソート曰く。

「村人と偽装しとるが、あやつらも信者。一人ひとりが手練れじゃ」

 村人全員が戦の達者な連中。

 タガネだけで抑えられるかは微妙だった。

 対抗するには、同時に相手取ってくれる協力者が必須。しかし、そんな物を補給する(あて)はタガネにも無い。

 村人は二十人。

 せめて十人ほどは欲しい。

 しかし、七日以内に集まる保証すらなかった。

 やはり。

 決死の覚悟で闇討ちを敢行(かんこう)するか。

 タガネが剣呑な決意を固めようとする。

 その横で。

「おいらに任せろ」

「うん?」

「何じゃと?」

 意外にもマダリが胸を叩いた。

 二人は怪訝に眉をひそめる。

「宛は、あるのかい?」

「もちろん!」

 それでもマダリは揺らがない。

 自信満々の(かお)で。

「とっておきさ!」

 自らの妙案を叩き出す所存だった。





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