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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
幕間
669/1102

IF『征服団のタガネ』承



 礼服(れいふく)に身を包んで。

 タガネは舞踏会の会場に立っていた。

 早くもその顔は辟易としていることを全面(ぜんめん)に出している。隣りにいたカルディナや副団長までもが心中を察して苦笑した。

 貴族が催す宴会。

 これらは国でも(しき)りに行われる。

 誰かの生誕の日を年が巡るたびに執り行われるので、一月で複数件も出席しなくてはならない場合すらあるのだ。

 無論。

 タガネには全く無縁(むえん)の環境だ。

 まず着慣れない装束に細やかな抵抗がある。

 帯剣(たいけん)を認められているのが幸い、だが整えられた服は拘束感があり、混乱とともに銀の眼差しは鋭くなる一方だった。

 タガネは剣の柄を手慰みに触る。

 もはや(くせ)になりつつあった。

「タガネ、落ち着け」

「無理な話だね」

征服団(リミーティファー)の代表なんだ、しゃきっとしろ」

「くっ…………」

 タガネが顔を苦々しくさせる。

 責任ある立場。

 それが苦手ですらあった。

 独りで旅をしていた時のような気軽さこそ性に合っている。傍にいた預言者の自由奔放(じゆうほんぽう)ぶりには振り回された労苦を除いて。

 眼前の会場に目を閉じる。

 タガネは過去に想いを馳せた。

「現実逃避もするなよ」

「…………」

 副団長が(さき)んじて注意する。

 瞼の裏に浮かびかけた過去の情景が霧散する。

 タガネはがくりと肩を落とした。

「そんなに嫌かよ」

「当たり前だね」

「カルディナには敬語なのに俺に使わない基準は何だよ。…………ったく、折角お前に舞踏会から離れる任務をやろうかと考えたのに」

「早く言えよ」

「その態度で無理だろ」

 タガネは小さく舌打ちした。

 すると。

 いつの間にか、三人を華美(かび)な衣装で彩られた女性たちが包囲していた。比重としては、主にタガネの方へと数が密集する。

 タガネは呆気に取られて沈黙した。

「あなたが噂の剣鬼様?」

「まるで王子みたいだわ」

「鬼だなんて嘘、精霊ね」

「あと私が数年若ければ」

 周囲が色めき立つ。

 タガネは救いを求めて副団長を見遣った。

 だが、彼は他の女性の応対に(かかずら)っている。

 カルディナは――ヌステーノの重鎮と思しき人物たちと会話の合間に、申し訳無さそうな笑みを返すだけだった。

 やむを得ず。

 タガネは事前に習った通りの敬礼(けいれい)の構えを取る。

「征服団のタガネと申します」

「タガネ様は幾つなのですか?」

「まだ十二、です」

「それなのに、もう戦場で…………」

「性に合っていたので」

 それからも質問攻めは続いた。

 苛立ちながらも丁寧に一つずつ応対する。

 感情を排除しようと努めることで、話すほどに表情が無機質(むきしつ)になっていくことに、しかし令嬢たちは誰も気付くことはなかった。

 それを限界の兆候(ちょうこう)と察して副団長が割って入る。

 タガネの肩に腕を回した。

「いや失礼、彼はこれから警護に」

「ええっ、そうなのですか?」

「征服団代表ではありますが、会場にパルムコットが何を仕掛けるかも分からないという国王様の用心深(ようじんぶか)いお考えに、我々が導き出した答えです」

「たいへん信頼なさっているのですね」

「征服団でも団長に次ぐ剣の腕ですから」

 副団長がタガネの背中を押す。

 振り返れば。

 早く行け――彼の口が動いて促していた。

 タガネは軽く会釈(えしゃく)してその場を後にする。

 会場となる迎賓館の広間を離れ、人気の無い庭園へと休憩に赴く。重荷から解放された気分で、(えり)を緩めて剣の柄頭に手を置いた。

 ここならば、不作法も許される。

 タガネは深呼吸した。

「人を珍獣(ちんじゅう)みたく扱いやがって」

 想定していた以上の厄介。

 思わず独りでに愚痴がこぼれる。

 その間も足は腰の落ち着ける場所を探して庭園を散策した。花や池など手入れの行き届いた風景は、(ぜい)の限りを尽くした貴族の豪遊である。

 タガネはそれらに眉をひそめた。

「そのくせ報奨は渋りやがって」

 思わず池に向かって小石を蹴り落とす。

 水面に映る自身の姿が波紋(はもん)に乱れた。

 その様を茫と見つめる。

「あまり調子に乗るなよ」

「戦場で少し功績を挙げたからって」

「兄上を侮辱するな!」

 庭園を震わせる声が三つ。

 タガネは足を止めて耳を澄ます。

「お前の兄は卑怯者だ」

「隊長が傷を与えたが仕損じた敵を、横から討ったと聞く。手柄を横取りする者には得意な戦法だな」

「それは隊長が考案した作戦だと兄上が――」

「そんなわけ無いだろ」

「あの親にしてあの子、だな。嘘が達者で分不相応な地位を得ている」

「なっ、兄上のみらず私の親まで侮辱するなんて…………!」

 一連の会話にタガネは失笑した。

 戦争の後ではよく聞く。

 功績を立てた者を(ねた)むあまり、姑息な手を行使したなどと悪し様に言って卑劣に(あげつら)う。ただ本人に言う気概も無いので関係者へと当たる。

 タガネの見慣れた人間の醜い一面。

 少女はそれに抗っている。

 ――相手にするだけ無駄なものを。

 タガネは内心で彼女を嘲笑(わら)った。

 躍起になって相手をするだけ、その反応に相手は壊れた自尊心を慰撫(いぶ)する。最も有効的なのは、ただの世迷い言と鼻で笑って無視することだ。

 愚直な性格なのか。

 少女は真っ向から否定を続ける。

「親、ね」

 タガネはふと昔を思い返した。

 剣鬼と渾名(あだな)されて。

 若いながらに功績を立てることに周囲からの嫉妬もあった。その際に罵詈雑言(ばりぞうごん)を浴びることもあったが冷静でいられたのに、母を侮辱された際には理性(りせい)が利かなかったことがある。

 親への侮辱。

 自分とは関係ないはずなのに怒りを呼ぶ。

 少女の現状はまさにそうだった。

「…………やれやれ」

 タガネは声の方へと足を運んだ。

 庭園に面した素通しの通路で少女と二人の男が言い争っている。

 そっと。

 男の背後から忍び寄った。

 少女が自分を視線に留める前に(すみ)やかに接近する。彼女が気づく瞬間、鞘ぐるみの剣で強襲して二人の後頭部を打つ。

 一撃の威力で昏倒(こんとう)させた。

 タガネは剣を腰帯に直す。

「人ってのは醜いもんだね」

「え、と、あの…………?」

「気にせんでくれな。単に休みに来た先で(やかま)しい声を聞いたんで、ちと静かにしてもらっただけだ」

「…………ぷっ」

「え、なんだい」

「ふふ、いえ」

 とつぜん少女が噴き出す。

 タガネは驚いて彼女を睨む。

「いえ。そうですね、お見苦しいところをお見せしました」

「そうだな」

「…………そこは世辞(せじ)でも否定して下さい」

「生憎とそういうの苦手でね」

「ふふ、駄目な人ですね」

 タガネは庭園の空を見上げた。

 矩形(くけい)に切り取られた夜空の中に満月が浮かぶ。

 少女は月光に目を細める。

「それにしても」

「うん?」

「見ない顔ですね、あなた」

「傭兵仕事で、いま巡回警備(じゅんかいけいび)

「休みに来たと言ってましたけど」

「…………はて、言ったかな」

「あはは」

 タガネは隣を見た。

 短い小麦色の後ろ髪が首筋で跳ねている。

 自分を見上げる同色の瞳は、月光に照らされて黄昏(たそがれ)の陽のような色合いへと変じていた。月にのって楚々と照らされる白皙(はくせき)の肌と、同じ年の頃と思われる幼げな顔は、全く警戒の色がない。

 小柄な体を引き締めるような黒い軍服と佩剣(はいけん)

 タガネは眉根を寄せた。

「おまえさん、兵士かい」

「まだ見習いです」

「見習い」

「貴族家の娘ですが、無理を言って兵士に。先日の戦争にも補給部隊(ほきゅうぶたい)として参加しました」

「ああ、そう」

「あなたもですか?」

「前線でな」

「へえ、凄い。………あれ、銀髪に銀の瞳」

「ちっ」

「あなたの武勇は耳にしてます。…………ええと、タガネさん?」

「……………!?」

 タガネは驚いて振り向く。

 あまりに勢いが強く少女も瞠目した。

「な、なんですか?」

「いや、名前で呼ばれるのが新鮮で」

「え?」

「普通は剣鬼の方で思い出すと思ったから」

「何だか異名で呼ぶのは気が引けて」

「ほう?」

 少女が首筋を押さえて苦笑する。

「異名とは、畏れの表れ」

「…………」

「何だか会って直ぐの人に、異名で呼ぶことはまるで初めから恐れて必要以上に距離を突き離していると思うんです」

「普通は逆だが」

「あはは」

 彼女の笑顔にタガネは嘆息する。

「あの、やはり嫌ですか?」

「別に。…………好きに呼びな」

「では、タガネ様」

「やめろ、堅苦しい。あと、敬語は敬うべき相手に使うもんだろ」

「敬うべき相手です」

「俺が鬱陶(うっとう)しく思うからやめてくれ」

「最初からそう言って下さ…………言って」

 少女はその場に屈み込んだ。

 通路のすぐ傍で咲く庭園の花へ手を伸ばす。

 花弁の一枚を優しく撫でた。

「あ、そうだ。私の名前」

「いや、別に要らん」

「なぜ?」

「おまえさんが名を挙げるならまだしも。俺は傭兵でおまえさんは兵士だ。顔合わせは戦場だろうし、いつか殺し合うかもしれんし、或いは互いに知らんところで死ぬ。そんなヤツの名前なんざ憶える価値が――」

「シルティア」

「はっ?」

「どうかシルと呼んで」

「…………意味無いって」

「私はあなたを知ってる。これでは不平等(ワンミェール)だから」

「…………お手上げだ」

「それに」

 少女シルは腰の剣を抜く。

「いつか私も名を上げる」

「へー」

「いつか戦うこともあるし、肩を並べて戦うこともあるでしょう。だから、しっかり記憶して」

「…………はいはい」

 タガネは諦めて頷いた。

 それからシルとしばらく庭園で過ごす。

 兵士としての訓練、その日常について語られた内容を、ただタガネは傍らで聞き続けた。新たに隊を任された兄に(あこが)れ、いつか自身も彼に並ぶ兵士になることを志す意気込みを笑ったことを怒られつつ時間は早く過ぎていった。

 やがて。

 遠くで宴会の終わりを告げる鐘が鳴る。

 タガネははっとして会場の方を振り向いた。

「さて、帰るかね」

「タガネ」

「うん?」

「約束。まだ話し足りてないから、次会うときまで死んじゃ駄目だよ」

「なら、俺に見立てた草木にでも語ってろ」

「約束だからね?」

「…………はいはい」

 タガネは渋々と頷く。

 シルがタガネに笑顔を向ける。


 このとき。

 シルとの関係が、これから自身にとって如何に重要であるか。

 タガネにはまだ知る由も無い。




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