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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
五話『義憤の花』春
652/1102

3.5



「マジ、無理ゲー」

 イオリは懊悩していた。

 預言者。

 その立場は、本性を隠す虚飾(フェイク)である。

 本性は、『世界を平和に導く』ことを機能とした人の形を取った混沌だった。その役目は自認しているが、常に自身がどうすれば世界を導けるかは手探りなのだ。

 創世神が生み出す幾つもの異世界(いせかい)

 それらを渡り歩いた。

 だが、救えずに潰えた数は計り知れない。

 成功例として共通するのは、『現在の世界を脅かす悪を討ち滅ぼせる英雄』に助言、または育成することのみ。

 実際、その英雄の資質を有する存在がいる時代、重要(じゅうよう)な頃にイオリはその世界に転移できる【権能】を有していた。補助機能として『未来視』ができることが、辛うじてその成功例を作り出した遠因(えんいん)ともなっている。

 己がここにいること。

 すなわち、英雄が誕生する時代なのだ。

 だからこそ。

 今回もその英雄を探していた。

「でも、まさかなぁ」

 イオリは嘆息する。

 いま身を寄せる帝国にそれがあると信じた。

 ところが――同時期に生まれた子。

 皇后が出産した第三子は、どれほど占っても世界を滅亡させる至る邪悪の権化(ごんげ)と化す未来しか導き出せなかった。

 だから。

「延命措置として隔離生活(かくりせいかつ)

 自身の出自を知らず。

 外の世界を知らず。

 ただ安心できる者をそばに置いた箱庭(はこにわ)で生活させることで、滅亡までの時間を遅延させていた。

 しかし、これは解決法ではない。

 予言が約束した未来は、いつか訪れる。

「かつてない難易度(なんいど)だな」

 イオリが独り言ちる。

 いま帝国の遠方(えんぽう)にある辺境を訪ねていた。

 ここに隔離されたアストレアがいる。

 全く弥縫策が練れないとあって、やむを得ず本人を見て判断することにした。帝室の許可を得て彼女と面会(めんかい)する機を取り計らってもらったので、体裁上は問題がない。

 それでも。

「思い浮かぶ気がしねえ」

「うるせえよ、おっさん。いつまで孤児院(ウチ)の前でうだうだやってんだ」

「見た目的に青年だろ」

「ツッコミそこ!?」

 フードの子供キルトラが嘆息した。

 イオリの隣に腰を下ろす。

「んで、さっきの話」

「なんで、お前に前世の記憶があるのがわかったか、って話か?」

「そうだ」

 イオリはにやり、と笑う。

「お前、日本出身だな」

「おう。何ならオタク美大生やってたな」

絵心(えごころ)無さそう」

「うっせ」

「まあ。その姿を見るに、異世界転生の方か」

「ああ」

 キルトラが両腕を広げた。

 異世界転生者。

 女神ではなく混沌(こんとん)を介して異界から来た人間を指し示す言葉である。イオリは本人の肯定を受けて、ますます笑みを深めた。

 段々と不気味さを増す笑顔にキルトラが体を移動させ、少し距離を離す。

 その分、イオリが詰めた。

「んで、今のお前は?」

「キルトラ。種族は…………亜人種?日に当たると死んじまう、何か物凄く珍しいヤツらしい」

「ああ、『影人(マコテナ)』だろ」

「何それ」

 影人。

 古来(こらい)から存在する種と知られる。

 亜人種の中で、稀に親の形質が遺伝せずに生まれたときから全身が黒く、鼻梁(びりょう)も耳目すら無く、黒い人の形をしている。

 実体の無い生物。

 魂そのもので現世に立つ欠落者(シュツェヘル)

 そのため、火などの人の手による熱反応などから発生する光には問題がないが、太陽などの人の手を離れた自然の放つ照明に晒されると形を失って死ぬ脆弱性(ぜいじゃくせい)を抱えていた。

 服や物で包むことで形を保つ。

 陽光を凌がなければ生きられない。

 異端(いたん)とされる亜人種。

 その中でも極小の可能性で生まれる。

 だからこそ、この上ない不都合(じゅばく)を女神から背負わされた――と世界から言われる種族だ。

 稀少性ならば魔兵器に等しい。

「うわ、幸薄な種族」

「他人事じゃないぞ、お前」

「だよな」

 影人の子供キルトラが項垂れる。

「んでキルトラ、何で孤児院にいんの」

「え、それ聞く?」

「いや、薄々察せるけどさ」

「…………親に孤児院の前に捨てられてな。ここの修道女(シスター)に育てて貰ったんだ」

「へえ」

「この世界ハード過ぎ。パソコン無いわ、起きてる限り働いて日銭稼いでも全部が一日で消えるサイクル。盗みも殺しもあるほど治安も悪いし、飯マズイし不潔(ふけつ)だし」

「日本育ちには厳しいか」

「ったり前だろ。くそ、前世じゃせっかくオールマイティ女優の石動(いするぎ)(まこと)と同じ学部に入って友達になれたばっかなのに。しかも、ご飯食べる約束したのに!その行き道でトラック転生とかテンプレ過ぎだろ!」

「ごめん、何言ってるか分からん」

「美大とかオタクとか分かるのにこれ分からねえって、どんなボキャブラリーしてんだよ!?」

 イオリが苦笑してこめかみを掻く。

「あんま日本知らんし」

「えー…………」

「ただ…………そうか、マコトのやつ元気にしてんのか」

「え、まさか」

「さーてと!」

 イオリは言葉を遮る。

 その顔には、少し前までの憂いの色は無い。

 晴れやかな表情でキルトラを見やる。

「お前のお(かげ)で気分が晴れたよ」

「俺も日本の話が分かるヤツと会えて良かったよ」

「そうか」

「なあ、俺以外にこの世界来てる奴っているのか?」

「いや、知らん」

「役立たずめ」

「仕方無いだろ。俺は女神でも無きゃ世界の管理者(マスター)じゃねえし」

「帰る方法とかは?」

「死ねば帰れるぞ。異世界転生者や異世界転移者の帰還条件は死亡だからな」

「ならやめとこ」

 キルトラが長嘆する。

 自身の胸元を撫でた。

轢死(れきし)の後に自死とか笑えねえし」

「そっか」

「しっかし、イオリ?だっけ。アンタ、何で先刻まで悩んでたんだ」

「ああ、それなんだけどさ」

 イオリが懐中から巾着袋を取り出した。

 キルトラは小首をかしげる。

 大きく(ふく)らんだ袋の中身は、振った際にした音で大量の金貨であることは容易に察せた。キルトラの現状では、幾ら働いても稼げない総額が一袋に(よう)されている。

 ちら、とイオリの顔を見た。

 彼はどこか意地の悪い笑みを浮かべている。

「それが、何だ」

「取引しようぜ」

「悪いけど怪しい男に取引なんて持ちかけられれば詐欺だって直ぐ分かる。日本でもそれくらいは横行してたぜ」

「健全な仕事の話だぞ?」

「健全な仕事の斡旋(あっせん)でそんな顔するヤツがあるか!?」

 キルトラは警戒して身構える。

 イオリはやれやれと首を振った。

「まず仕事内容を聞けって」

「……………」

「聞くだけタダだぜ」

「タダほど怖い物は無いんだよ。アンタ、警戒心を(あお)る天才か?」

「そこまで言う?」

 イオリは咳払いをする。

「どうする、聞くか?キルトラ」

「……………」

「と――っても、楽しい仕事だぜ?全然怪しくないよ?」

「もうツッコむのも疲れたわ」

 キルトラは疲労感に肩を落とす。

 それからイオリに体の正面を向けた。

「聞かせろよ、その楽しい仕事ってやつ」

「ああ」

 イオリは嬉々として『仕事』について話し始めた。





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― 新着の感想 ―
[一言] あれ 時系列どうなってる? ちょっとこんがらがってきたぞ
[一言] おぉ!?イオリは何する気なんだ!?
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