小話「灯の子」④
ここ三、四年。
タガネは仕事に追われていた。
その内容は専ら極秘とされる。
「ヌシにはヤツ等を倒してもらいたい」
「…………どれ」
ベルソートから資料を受け取る。
目を通せば。
どれもが魔神戦線以前から存在する怪物だった。
魔神の呪いで抑圧された過去。
それが日輪ノ国の出来事を境に解放された。
連続する事件の発生。
そのすべてが、四千年以前の亡霊の仕業だ。
タガネが請け負う依頼量も日に日に増し、敵もまた強大になっていく。世を平らかにしたのも剣聖だが、却って波乱を呼ぶのもまた己である皮肉に失笑すら出ない。
連鎖する亡霊たちの復活。
これをベルソートは予測していた。
「なあ、タガネよ」
「なんだい」
「なぜ、魔神戦線以降の時代が『歪な平和』と称されるか理解るかのぅ」
「…………」
「それは、過去からの逃避だからじゃ」
これまで存在した人類史。
それは築かれた勝利と敗北の集積である。
現在の人類を導く指針となった勝者と、彼らを際立たせるように死して、また封印されていった歴史の敗者、すなわち悪者がいた。
そのすべてを否定する。
無かったことにする。
それが魔神の呪いだ。
いわば、過去を忘れて今ある敵――魔獣へと敵意を集中させる。
これによって人間同士の戦争は減少した。
だが忘れられた歴史は消えたわけではない。
マコトという肉体。
そしてリョウという魂。
二つのが枷として機能していたが、日輪ノ国で双方が異界へと帰還したとき、魔獣を遺して世界は呪縛から解き放たれた。
すなわち。
「いま平和が崩れんとしとる」
「つまり」
「タガネや」
ベルソートが頭を下げた。
「ヌシはこの時代における最初の英雄」
「…………」
「ヌシの手で過去の亡霊たちを処理することで、『真の平和』が訪れるのじゃ」
「過去から逃避してることには変わない」
「それでもじゃ」
老翁の声色は縋るようだった。
珍しく見せる素顔にタガネは口を噤む。
「ワシや三英雄、アースバルグが望んだ平和…………マコトの本懐を遂げられるのは、ヌシだけじゃ」
「ひでえ重荷だな」
「それと」
ベルソートが一方向を見やる。
そこではマリアが赤子をあやしていた。
泣き喚く小さな体を揺すったり、歌を歌ったりする。
タガネも遠目にそれを確認した。
「ヌシは今後、絶大な影響力を持つ」
「面倒なこって」
「もし叶うなら、弟子を作るのじゃ」
「はあ?」
ベルソートはうなずく。
「三大魔獣討伐のような逸話、浮遊島のような目に見える偉業、そこに剣聖の技という名残もあれば、誰も彼も憧れる、指針とする伝説となろぅ」
「馬鹿馬鹿しいな」
「いつだって皆が英雄に憧れる」
「…………」
「後生の頼みじゃ」
ベルソートは微笑みながら希った。
そんな会話を思い出す。
タガネは馬車の荷台で揺られていた。
幌の天井を見つめて記憶に浸る。
横ではアマルレアが欠伸をこぼしていた。
「兄ちゃん、次で終わり?」
「次で最後の依頼だ」
「なあ、兄ちゃん」
「なんだい」
「どいつもこいつもバケモノ揃いだったけど、何で兄ちゃんはそんなのばっかと戦ってるんだよ」
「仕事だからな」
「本当に?」
アマルレアが顔を覗き込む。
タガネは視線だけでそれに応じた。
「それも教えてくれねえのかよ」
「…………守る為だよ」
「あん?」
「俺がやらんと、代わりに誰かが傷付くからな」
「…………それが幸せにする剣ってこと?」
「さあな」
「え?」
「幸せに定形なんざ無い。人それぞれで色や形も異なる…………だから俺の剣が人を幸せにしたことがあるのかも微妙なとこだ。人ってのは、自分で勝手に幸せになるもんだしな」
「そりゃ、まあ」
「ただ、それでいい」
「それで……いい?」
「誰かの幸福に繋がれたなら、それは人を幸せにした剣と言っても過言じゃない。
そう考えれば――俺の夢は叶ってる」
タガネが満足気に微笑んだ。
その表情にアマルレアは一瞬見とれた。
すっと素に戻った顔にアマルレアも我に返る。
「俺は剣でしか人と通じれなかった」
「…………」
「心で、なんてのもつい最近だしな。今もまだ剣の柄から手は離れんし、これ以外の術を模索するより頼っちまう」
「剣で、人を幸せに……人と関わる」
「アマルレア」
タガネがようやく振り向いた。
磨かれた鋼のような銀の瞳に自分が映る。
アマルレアは息を呑んだ。
そこに映る己の姿の美しさ――否、人をそんな風に映せる瞳をはじめて見た。
タガネは己自身が剣と称する。
磨けば自身を通じて他者を映し、関わる。
アマルレアは納得した。
これが――『剣』だと。
胸の内に、熱い火が灯る。
「凄え」
「あ?」
「凄えよ、兄ちゃん!」
「どうした」
アマルレアが服の裾をつかむ。
乱暴にぐいぐいと引っ張ってタガネを振り回した。
その興奮した様子に気圧されて彼も当惑している。
頬を上気させたアマルレアが笑う。
「アタシ、いま幸せになったよ!」
「いま?」
「夢を見つけたんだ」
「どんな夢だい」
「アタシも、剣になる!」
「…………」
タガネは顔を顰めた。
それからしばらくしてため息を漏らした。
「碌でも無いからやめとけ」
「なッ……アタシは」
「――とは言えん。人の夢は人の夢だ、俺にどうこう言われる筋合いは無いな」
「…………」
タガネの手が頭の上に乗る。
「おまえさんは、どんな剣になるのやら」




