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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
後日談、その五
624/1102

小話「灯の子」④




 ここ三、四年。

 タガネは仕事に追われていた。

 その内容は専ら極秘(ごくひ)とされる。

「ヌシにはヤツ等を倒してもらいたい」

「…………どれ」

 ベルソートから資料を受け取る。

 目を通せば。

 どれもが魔神戦線以前から存在する怪物(かいぶつ)だった。

 魔神の呪いで抑圧された過去。

 それが日輪ノ国(にちりんのくに)の出来事を境に解放された。

 連続する事件の発生。

 そのすべてが、四千年以前の亡霊の仕業だ。

 タガネが請け負う依頼量も日に日に増し、敵もまた強大になっていく。世を平らかにしたのも剣聖だが、却って波乱(はらん)を呼ぶのもまた己である皮肉に失笑すら出ない。

 連鎖する亡霊たちの復活。

 これをベルソートは予測していた。

「なあ、タガネよ」

「なんだい」

「なぜ、魔神戦線以降の時代が『(いびつ)な平和』と称されるか理解(わか)るかのぅ」

「…………」

「それは、過去からの逃避だからじゃ」

 これまで存在した人類史。

 それは築かれた勝利と敗北の集積(しゅうせき)である。

 現在の人類を導く指針となった勝者と、彼らを際立たせるように死して、また封印されていった歴史の敗者、すなわち悪者がいた。

 そのすべてを否定(ひてい)する。

 無かったことにする。

 それが魔神の呪いだ。

 いわば、過去を忘れて今ある敵――魔獣へと敵意を集中させる。

 これによって人間同士の戦争は減少した。

 だが忘れられた歴史は消えたわけではない。

 マコトという肉体。

 そしてリョウという魂。

 二つのが(かせ)として機能していたが、日輪ノ国で双方が異界へと帰還したとき、魔獣を(のこ)して世界は呪縛から解き放たれた。

 すなわち。

「いま平和が崩れんとしとる」

「つまり」

「タガネや」

 ベルソートが頭を下げた。

「ヌシはこの時代における最初の英雄」

「…………」

「ヌシの手で過去の亡霊たちを処理することで、『(まこと)の平和』が訪れるのじゃ」

「過去から逃避してることには変わない」

「それでもじゃ」

 老翁の声色は縋るようだった。

 珍しく見せる素顔(すがお)にタガネは口を噤む。

「ワシや三英雄、アースバルグが望んだ平和…………マコトの本懐を遂げられるのは、ヌシだけじゃ」

「ひでえ重荷(おもに)だな」

「それと」

 ベルソートが一方向を見やる。

 そこではマリアが赤子をあやしていた。

 泣き喚く小さな体を揺すったり、歌を歌ったりする。

 タガネも遠目にそれを確認した。

「ヌシは今後、絶大(ぜつだい)な影響力を持つ」

「面倒なこって」

「もし叶うなら、弟子を作るのじゃ」

「はあ?」

 ベルソートはうなずく。

「三大魔獣討伐のような逸話(いつわ)、浮遊島のような目に見える偉業、そこに剣聖の技という名残もあれば、誰も彼も憧れる、指針とする伝説となろぅ」

「馬鹿馬鹿しいな」

「いつだって皆が英雄に(あこが)れる」

「…………」

「後生の頼みじゃ」

 ベルソートは微笑みながら希った。



 そんな会話を思い出す。

 タガネは馬車の荷台で揺られていた。

 幌の天井を見つめて記憶に(ひた)る。

 横ではアマルレアが欠伸をこぼしていた。

「兄ちゃん、次で終わり?」

「次で最後の依頼だ」

「なあ、兄ちゃん」

「なんだい」

「どいつもこいつもバケモノ(ぞろ)いだったけど、何で兄ちゃんはそんなのばっかと戦ってるんだよ」

「仕事だからな」

「本当に?」

 アマルレアが顔を覗き込む。

 タガネは視線だけでそれに応じた。

「それも教えてくれねえのかよ」

「…………守る為だよ」

「あん?」

「俺がやらんと、代わりに誰かが傷付(きずつ)くからな」

「…………それが幸せにする剣ってこと?」

「さあな」

「え?」

「幸せに定形(ていけい)なんざ無い。人それぞれで色や形も異なる…………だから俺の剣が人を幸せにしたことがあるのかも微妙なとこだ。人ってのは、自分で勝手に幸せになるもんだしな」

「そりゃ、まあ」

「ただ、それでいい」

「それで……いい?」

「誰かの幸福に繋がれたなら、それは人を幸せにした剣と言っても過言じゃない。

 そう考えれば――俺の夢は叶ってる」

 タガネが満足気(まんぞくげ)に微笑んだ。

 その表情にアマルレアは一瞬見とれた。

 すっと素に戻った顔にアマルレアも我に返る。

「俺は(これ)でしか人と通じれなかった」

「…………」

「心で、なんてのもつい最近だしな。今もまだ剣の柄から手は離れんし、これ以外の術を模索(もさく)するより頼っちまう」

「剣で、人を幸せに……人と関わる」

「アマルレア」

 タガネがようやく振り向いた。

 磨かれた鋼のような銀の瞳に自分が映る。

 アマルレアは息を呑んだ。

 そこに映る己の姿の美しさ――否、人をそんな風に映せる瞳をはじめて見た。

 タガネは己自身が剣と称する。

 磨けば自身を通じて他者を映し、関わる。

 アマルレアは納得した。

 これが――『剣』だと。

 胸の内に、熱い火が(とも)る。

「凄え」

「あ?」

「凄えよ、兄ちゃん!」

「どうした」

 アマルレアが服の裾をつかむ。

 乱暴(らんぼう)にぐいぐいと引っ張ってタガネを振り回した。

 その興奮した様子に気圧されて彼も当惑している。

 頬を上気させたアマルレアが笑う。

「アタシ、いま幸せになったよ!」

「いま?」

「夢を見つけたんだ」

「どんな夢だい」

「アタシも、剣になる!」

「…………」

 タガネは顔を顰めた。

 それからしばらくしてため息を漏らした。

「碌でも無いからやめとけ」

「なッ……アタシは」

「――とは言えん。人の夢は人の夢だ、俺にどうこう言われる筋合いは無いな」

「…………」

 タガネの手が頭の上に乗る。

「おまえさんは、どんな剣になるのやら」




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― 新着の感想 ―
[一言] いつかタガネとマリアが子育てしてるとこ読んでみたいなぁ
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