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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
四話「橋織る谷」・上巻
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 鐘の音が近付いて来る。

 タガネは直感でそれを理解した。

 月光の差す空が歪んでいる。

 雲が千々に切れていく。

 爆風のような音波に耐えて、(うずくま)るマダリを脇に抱えて斜面を転がるように下へと走った。体内にまで浸透する音圧に、五識(ごしき)が吹き飛びそうになる。

 苦悶するマダリは、発狂寸前となって脇の中で暴れていた。

 頭蓋の中を撹拌(かくはん)されるような衝撃。

 気が狂いそうになるのは当然だ。

 傭兵稼業で鍛えられた強靭な精神だからこそ持ちこたえた。

 しかし、それも危うい。

 寸秒ですら、ここにいたら危険だと本能が警鐘を鳴らしていた。

 タガネは堪えて、足を進める。

「マダリ、こらえろ」

「うあぁ……!!」

「まずい」

 山頂のガレ場を抜ける。

 目の前に広がる森の中に飛び込もうとした。

 障害物があれば、幾ばくか音圧が遮られて体を苛む衝撃も緩和される。(ほら)でも見つければ(なお)のことよし。

 だが。

『ごぉおおおおんッッ!!』

「ッ゛……!」

 鐘の音――否、何かの鳴き声が強くなる。

 タガネの頭が横に弾かれた。

 耳から血が噴き出す。左の鼓膜が破れた。

 もはや。

 強すぎる音圧が横合いから殴られたような衝撃波で押し寄せ、体ごと横へと吹き飛んだ。とっさにマダリを庇うように抱いた。

 タガネは岩の上に倒れる。

 その間も鳴き声は容赦なく続いた。

 マダリが悲鳴を上げる。

「ぐぅううあああ!!」

「くそ、保たないか」

 タガネは地面を叩いて傾斜を転がった

 藪の中へと入る。

 それと際疾(きわど)い入れ違いとなって、ガレ場に巨大な黒い影が降り立った。

 途端に。

 空間を圧迫していた音が消える。

 激痛が止んだ。マダリは爆音からの解放に意識を失う。

 タガネは右耳を押さえつつ。

 魔剣を抜いて低く地面に伏せた。匍匐(ほふく)して藪の下をくぐり、下から岩場を覗き込んだ。

 右耳から流血があふれる。

 音圧の残響に脳が震えていた。

 意識がそのまま夜闇に溶けそうだった。

「せめて、正体だけでも」

『ごぉおおおおん』

 巨影がぶるりと体をわななかせた。

 そのとき。

 岩場に一つずつ何かが落ちた。

 断続的に、ごとりと鈍い音が鳴る。

 タガネは目を凝らした。

 山頂付近の岩肌を打ち鳴らす物。

 それらは。

「これは、嫌な物を見たな」

 巨影の下に。

 無数の彫像が産み落とされた。

 粘液にまみれ、落ちた物は糸を引いている。

 一つずつ。

 王国軍の兵士、帝国軍の戦士。

 間違いなかった。

「あいつの仕業か」

 身の毛もよだつ異様な光景に。

 タガネは一つの確信を得た。

 あれが戦場から兵士たちがこつぜんと姿を消した原因である。

あの体躯から魔獣に違いないが、目的が不明だった。

 人間を石化(せきか)させて山頂に飾る。

 魔獣は本能に従うもの。

 酔狂(すいきょう)では動かない。

「何が目的なんだ?」

 タガネは眉を顰めて。

 背後から藪を掻き分けてくる雑踏が聞こえた。

 山頂を上がってくる。新たな魔獣かと思い、タガネは舌打ちしてマダリを抱える。

 林間で身を低くし、音から遠ざかるように駆けた。

 ようよう音から離れたと感じたところで。

 木陰から様子を窺う。

 山頂へと上がってくる影たちが見えた。

 その一団の中に見覚えがある顔がある。

「デュークか」

 長槍を掲げた僧衣。

 それが人を率いて上がってきていた。

 後列には松明を白衣の人間が掲げている。

 火で照らされた顔は。

 誰も彼も刺青(いれずみ)を入れている。

「今日もまた、神様が来てくださった」

 誰かの声がする。

 列の中の人間だった。

「始まるぞ、『橋織り』が」






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