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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
後日談、その五
619/1102

小話「戸紛い」⑻



 先端の()がれた刺叉。

 ぎらりと月光を照り返して迫った。

 母屋の裏手に潜んでいた村人の迫撃(はくげき)である。

 タガネは咄嗟に仰け反った。

 片膝を折り、慣性に従って低く滑走する。

 刺叉の尖端(せんたん)が鼻先の空気を切り裂く。

 滑り抜けて。

 再び体を引き戻して走った。

 飛ぶように下道へと降りる。

 村人が迷わず追走した。

 庵の扉が蹴破られる音が鳴る。刺叉で武装(ぶそう)した村人に続き、後方から隔離されていた人数が加わった。

 村の汚点を逃すまじ。

 その気迫に皆が必死の形相(ぎょうそう)だった。

 誰も彼も殺気を充溢させている。

 タガネは走りながら振り返った。

「賑やかな歓送(かんそう)だな」

「悠長に言ってる場合ですか!?」

「このままじゃ、ぃずれ…………」

「ユム」

「は、はい」

「俺の腰にある袋を」

 ユムはその指示に小首を傾げる。

 腰帯に吊られた袋が三つあった。

 内側からら角張(かくば)った盛り上がりを見せるそれに疑問を禁じ得ず、手に取りながらタガネを見上げた。

 銀の瞳が後ろを一瞥する。

「中身をばら()け」

 ユムは躊躇わずに従った。

 荷物を抛って身を軽くする算段だ。

 そう信じて袋の中身をこぼせば――溢れたのは、正四面体(シゥラテンペル)の頂点を指すように尖る鋭利(えいり)な物体だった。道に転がって、(まば)らに散って村人たちの足下に消えていく。

 残りの二つの袋も中身を晒した。

 同様に道に置き去りにされていく。

 その内。

 悲鳴が一つふたつと上がった。

 追走の足が少しずつ減っていく。

「な、何ですかこれ」

「木菱だ」

「へ?」

「ここに来る前、大陸東での仕事でな。そこで逃走用にある罠の一種で、いわゆる撒菱(まきひし)だ」

「マキビシ………」

「よく人の恨みを買うんでな。大量に買い込んだ」

「う、うわあ」

 ユムが顔を苦々しくした。

 何名かが木菱の尖端を踏んで足を怪我(ケガ)する。

 それを心配して何人かが止まる。

 二つが連鎖して、追う人数が逓減した。

 タガネが村の出口に差し掛かる頃には、追走者はおらず、遠くに悲鳴と怒声の入り混じった喧騒(けんそう)を聞く距離である。

 タガネは無言で森の中を走った。

 村との距離を確認しつつ足を止めない。

 ユムは周囲を見渡す。

 薄闇の中で過ぎていく木々の景色。

 長らく外に触れていなかった身は、恐怖(きょうふ)していた村人たちから逃げることで必死だった混乱から立ち直り、その感覚は外部から与えらる情報に対して過敏(かびん)になっていた。

 わずかに香る土の匂い。

 葉がそよぐ音。

 タガネの体温。

 それらすべての刺激に新たな混乱を催す。

 ユムは目を回して脱力した。

「おい、大丈夫かい」

「う、うええ」

「やれやれ」

 タガネは嘆息する。

 それから肩の上のギマを見た。

「なぜ、彼らは娘を襲ったんですか」

「うん?」

「私は…………妻や私に優しかった彼らを信頼していた。なのに、どうして娘を………」

「村を回る途中で気づいたんだが」

「え?」

「あの村、女が一人もいなかったな」

「それは、そうですが」

「やはりな」

 ギマは意味が分からず顔を顰める。

 タガネは呆れつつ説明した。

 大陸東南部に多い『依雌(よりめ)』という慣習がある。女性の少ない村が、労働力の不足を危惧して一人の女性を複数人(ふくすうにん)で共有する。だが、これは外部から女性を受け入れられない村が取る対策であり、西部の『魔女狩り(ディナルギエール)』に相当する悪習(あくしゅう)として知られる。

 女性への負担を顧みない。

 戦争によって人口の減少が激化(げきか)した時代に横行し、これによって起きる争奪戦などの事件で死亡する女性もおり、大陸全体で禁忌(きんき)だと暗黙の了解として知られる。

 だが、それも昔の話。

 それを正しく認識する人間は少ない。

「ここ以外でも幾つか見たよ」

「この村が、そうだと」

「ユムが村人に恐怖した日、村全体で襲ったってところで気づいた。おまえさんが娘の為に蓄えた財産(ざいさん)を、村の経済に回そうとしたんだ。もちろん、ユムを孕ませておけば夫婦になったと村全体でユムを脅して黙らせ、おまえさんを欺いて村を(まわ)せる」

「でも、そんな村でどうして今まで安全だったんだ………?」

「躊躇ってたんだろ」

 タガネは舌打ちする。

「悪習って知ってるからだ」

「じゃあ、長い影とは」

「それは知らん。ただ『日蝕(ユバル)』は、大気の魔素が密になるとかで、人や獣の気が昂ぶるとかそんな影響があるらしい。俺も旅の途中で見てたが、一緒にいた魔法使いの女がそう言ってたな。村人が娘を襲ったのといい、長い影もその高揚(こうよう)とかで見た一種の幻覚かもな」

「幻覚…………」

 タガネが足を止めて振り返る。

 樹間に覗く遠景に村が小さくなっていた。

 地面に二人を下ろして肩を回す。

「あの」

 ユムが戸惑いがちにタガネを見上げた。

「私、一年前に襲われてからずっと……声が聞こえるんです」

「声」

「何人もの女性の、声です」

「…………ほう?」

「力を使うときも聞こえて」

「…………」

 何かに気づいて。

 タガネはユムから目を逸した。

 ユムは小首を傾げる。

 その隣では、彼女の足元をギマが凝視していた。

「まあ、あれだ」

「…………?」

「依雌の犠牲になった女たちの祟りかもな」

 森の中に月光が差す。。

 ユムの足下で。

 彼女の影から『長い影』が蛇行しながら離れて、樹影の中へと隠れていった。











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