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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
後日談、その五
611/1102

小話「戸紛い」⑴



 他者からの心遣(こころづか)い。

 それは人の心から心へと伝わる。

 だが。

 ときに(わずら)わしく思うときがある。

 ときに恐ろしく思うときがある。

 そんなとき、人は戸を立てる。

 塞ぎ込み、欺き、偽り、隠すために。

 そうしてひっそり、本心は窮屈に息づく。



 雪解(ゆきど)けの水が大地を洗う。

 風に晒された土から芽が頭を覗かせた。

 大地も獣も。

 いまだし微睡(まだろ)むほど空気は温かい。

 刺すようだった寒気が和らぎ、穏やかさで包むような陽光が楚々(そそ)と地上を照らす。

 息を吹き返していく自然。

 その気配を感じ取る季節となった。

 少年は、春の到来(とうらい)を悟りながら森を歩む。

 泥濘(ぬかる)んだ土で滑らないよう注意を払う足運びで、険しい山道の道行きに堪えた。

 痩せた梢から差す陽。

 まぶしそうに銀の瞳を細める。

「やっと、ここか」

 襟巻(えりま)きを解いて。

 風を受けた頬を引き攣らせる。

 懐中から取り出した地図を眺めた。

 現在地を探して道を指でなぞる。

「予定を遅れたな」

 嘆息混じりに呟く。

 少年は地図をしまって前を見た。

 一峰(ひとみね)を降りた先に集落がある。

 段を重ねるように耕された田畑と、合掌造(がっしょうづく)りの家屋が立ち並んだ長閑な風景が広がっていた。まだ景色のそこかしこに雪が残っている。

 少年は村を眺め回す。

「依頼人の家は、あれかね」

 目を凝らして。

 遠くの一軒を見据える。

 少年は傭兵だった。

 この村を訪ねたのも依頼があってのこと。

 依頼人との期限(きげん)には既に遅れているとあり、やや幸先は悪い。傭兵稼業は信頼が最たる物なので、期限内に対面(たいめん)による相談などが行えない場合の信用の度合は低下し、報酬料の減額(げんがく)、最悪は帳消しにされることもしばしばある。

 今回は間に合わなかった。

 半ば仕事は無くなったと諦観している。

 それでも。

「良い村だな」

 安穏とした村の空気。

 少年は観光にすでに気が向いていた。

 緩やかな斜面の坂道を進む。

 少し滑る靴がじゃり、と砂を噛んだ。

「おい、アンタ旅人か」

「うん?いや、傭兵だ」

 薪木を運んでいた農夫とすれ違う。

 彼は振り返って少年に声をかけた。

 襟巻きを指で引いて口を出す。

「ってえことは、あの家に用か」

「察しが良いな」

「方々に依頼の文をよく出してんだよ」

「ほう」

「だが、どいつもこいつもお手上げってかえってくんだ。村の連中も事情を知ってるが、アンタも手に負えん厄介事になるぞ」

厄介事(やっかいごと)

「ああ」

 少年はうん、と少し黙考する。

「忠告、感謝するよ」

「オレは言ったからな、後悔すんなよ?」

「どうもお世話様」

 農夫に手を振って歩み出す。

 それから間もなく。

 目的の家の戸口へと辿り着いた。

 引戸(ひきど)の横の柱を叩く。

「もし」

 沈黙。

 しばらく待つことにした。

 周囲を眺める。

 すると、隣に小さな(いおり)が建っていた。

 タガネは小首を傾げる。

 山からの方角では隠れていたので、見えなかったのだろう。

 だが。

「何か、怪しい」

「……………ぁーい」

 そのとき、屋内から声がした。

「どちら様?」

「ちと期限を過ぎてしまったが、依頼の文を受けた傭兵のタガネという」

「ゃっと来てくれたか」

 戸が開かれた。

 薄暗い屋内に青白い顔が現れる。

 長身痩躯(ちょうしんそうく)の男性の笑顔だった。

 薄い無精髭を生やした口元から、潰れかけて掠れた声を出す。

 少年タガネは怪訝に見つめた。

「おまえさんが依頼人?」

「ぁあ、そうだよ」

「改めて、傭兵のタガネ」

(ゎたし)はギマ、旅芸人だ」

「旅芸人?」

 タガネは目を眇めた。

 旅芸人の職能を有する人間。

 それが一箇所に留まるのは珍しい。

「失礼だが、この村に住んでるのかい」

「ぁあ、妻と…………娘がいる」

「なるほど」

「私は仕事で家を空けることがぁるんだが、つい一年前に亡くなって、それから娘が…………ぁあ、依頼といぅのはぁ娘のことなんだが」

「すまない、依頼を受けるかは話を聞いてからでも良いかい」

「そ、そぅだよな」

 男ギマが意気消沈(いきしょうちん)する。

「ま、まずは中へ」

「ああ」

 タガネも顔を苦くした。

 依頼の期限を遅れての来訪。

 そんな者でも、受注(じゅちゅう)するか否か曖昧な態度を見せると落胆していた。その反応に、先刻の農夫が話していた言葉が脳裏に(よみがえ)る。

 誰もが諦めた案件。

 依頼の難易度の高さが垣間見える。

 おそらく数々の敗退(はいたい)していく者たちを見送ってきたあまり、後が無いのだろう。

 それでも依頼の文を出すほど。

 よほど諦められない理由があるのだ。

 ――依頼というのは、娘のこと。

 その内容が示唆するのは。

「早くも嫌な予感がしてきたな」

 小さく呟く。

 屋内へと入って行った。

 促されて居間の畳の上に腰を下ろす。

 勧められた茶を受け取って啜った。

 ギマが正面に座る。

「では、内容について」

「娘のこと、だったな」

「……………はい」

「この家にはいないのかい」

「隣の庵にぉります」

「あれか」

 タガネは得心する。

「依頼とぃうのは、庵から娘を連れ出して欲しぃのです」

「連れ出す?」

「はい」

 ギマは苦しそうに頷いた。






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