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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
四話『天宿りの庵』
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 傭兵としての生活が始まった。

 イオリの指導の下。

 こなした任務は、一月ですでに十を超える。

 ただ、専らが街の外や街道の警備である。

 三回に一度はある周辺調査では、野営をするときもあった。

「いいか、タガネ」

「ん?」

「正義は人の数だけある」

 イオリは常に何かを説く。

 夜営であっても、夜の子守唄のように語る。

 熾火のそばで休むタガネは、寝ぼけ眼でそちらを見る。火を挟んだ向こう側に、イオリの穏やかな笑顔は揺れていた。

 青い瞳が仄かに光を帯びる。

「善悪を判じるのは法だ。法に則れば、その環境に適した暮らしができるし、罰も受けない。だが、法は命を守る盾にもなり得ない。

 さて、質問だ。

 己が身を守るために人間が忠実になるのは?」

「…………心?」

「もっと具体的に」

「……したい気持ち」

 タガネは茫洋とした意識で応える。

 正解だったらしい。

 イオリは肯いた。

「そう、欲望だ」

 人を人たらしめる物。

 それは曖昧である。

 ただ人は、知性の高さで繁殖し、やがて強力になる同族での戦争や争いによる全滅を避けるべく、生存戦略として社会を築いた。そこに全ての人間に共通する法という規則を敷いて、抑制することで危険を回避する。

 それが互いの安全に繋がるからだ。

 ただ。

 人はそれだけの存在。

 生き残る為に世界最大の社会を築いた。

 それ以外は、獣と別称する異種族と差異など無い。

 イオリは人間を獣と称した。

「すべては欲望なのさ」

「欲望」

「正義と善は違う。

 善とは、その環境における法に則した物。

 正義は、己が欲を定義づけた物。

 人の数だけ欲があり、総じて正義の数となる」

「正しいか間違いかは」

「法の中だけさ」

「…………」

「善と正義を同じと仮定する。すると、おまえは近隣の村に悪さをする狼を斃した。だが、その場所に住んでる部族じゃ狼は神聖な生き物、殺すことは禁忌だ。

 だから部族はおまえを殺す。

 おまえは近隣の村の為に狼を殺したのに」

「…………どっちも悪くない?」

「そう。

 どちらにも言い分はある。

 善は、敷いた法の中だけだ。おまえが味方する方にとって善だろうと、相手には悪でしかない。

 なら正義とは?」

「えっ、と…………」

「たとえば、ある子供が戦争で父親を殺したヤツを襲う。相手は家族のために、自国を愛するゆえに、子供いる国に酷いことをされたから、そして戦って子供の父親を殺したのに。

 さあて、どちらが正義かな?」

「ぜ、善悪は社会だけ…………?」

「正義ってのは個人のみ」

 タガネがうん、と唸って考える。

 あまり思考が巡らない。

 何事よりも眠気が勝る。

「これが俺の信じる正義かな」

「…………」

「今まで見てきたが、正義(よく)を持たないヤツが幸せになった記憶がないね」

「俺だけの正義(よくぼう)

「考えて、しっかり持て」

「俺だけの、せい…………ぎ…………」

「見張りは俺がしとく。――おやすみ」

 タガネは眠りに落ちた。

 どれだけ意識が朦朧だとしても。

 イオリの言葉は、いつも忘れたことはない。いつ言っていたか、については忘失しても、内容はしっかりと頭に根付く。




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― 新着の感想 ―
[一言] サブタイのは「あん」じゃなくて「いおり」って読むのか
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