小話「白馬の王子」
剣鬼の羇旅。
その最後の一年の後半である。
「それで?」
「女の子は白馬の王子に憧れるの」
「白馬」
街道を歩くタガネとマリア。
大陸を北上していた。
かつての仲間を捜す旅の途上である。
ケティルノース襲撃によって安否は絶望的とあり、家族を失ったマリアもしばし鬱ぎ込んでいた。
その姿が珍しく。
さしものタガネも気を遣った。
仲間を捜す目的の旅ではある。
だが、現在の二人は観光名所を巡っていた。
結果として。
マリアの気分は晴れつつある。
「そうよ、白馬の王子様」
「第一王子の馬は黒かったよな」
「あの人は関係ないでしょ」
「おまえさんの国の王子だろ」
「そうだけど」
安穏とした道行き。
タガネは地図を展く。
マリアが隣から紙面を覗き込んだ。
目的地までは、あと少し。
見た者が幸福になる滝がある。
たとえ朔月の夜であろうと常に虹が出るその滝は、かつて偽善王リギンディアに奪われた故国を救った英雄ミョウク・ウェルキンゲトリクスと呼ばれた存在が眠る地だ。
滝は、彼の血が流れているので虹が現れる。
そんな風聞があった。
ミョウクの異名は『白馬の王子』。
生前は烈しい女難に見舞われた人生を送る。
女性を惑わす眉目秀麗な男として有名だ。
「白馬の王子、ね」
「何よ」
「王子と聞けば、大概の町娘は色めき立つ」
「私は庶民派とは違うわ」
「どうだか」
タガネは鼻で笑う。
納得がいかずマリアが持論を展開する。
それを聞き流しながら進んだ。
すると。
その隣に馬車が停車する。
行商の操る無骨な無蓋の荷馬車がしきりに通る中で、毛並の美しい白馬二頭に牽かれた車体と、その周囲を囲う兵士たちは路上で異彩を放つ。
驚いた二人が立ち止まった。
車窓の垂れ幕が開かれる。
そこから、金髪碧眼の青年が顔を覗かせた。
「そこの少女」
「え、はい」
「名前は何というんだい?」
「マリアと申します。――ってちょっと!?」
訝りながらも。
マリアは敬意を払って応対する。
その途中でタガネはまた歩を進めていた。
我関せずと置き去りにせんとした彼の服の裾をつかんで引き留める。
険相のタガネが振り返った。
「なに勝手にいなくなるのよ」
「嫌な予感がしたからな」
「嫌な予感?」
マリアが小首を傾げる。
車窓から男性が微笑む。
「マリア様」
「え?」
「私はこの国の第一王子、シバル・ウェルキンゲトリクスと申します。視察で国の方々を周っていたところなのですが…………路上に偶然、美しい花のような貴女をみつけてつい話しかけてしまった」
「毒花だろ」
「斬るわよ」
マリアは微笑む。
「私に何か御用でも?」
「マリア様は、これからどちらに?」
「虹の滝を見に行きます」
男が扉を開けて降車した。
そのまま跪くと、マリアの手を取る。
「良ければ、ご一緒しても?」
「え」
マリアが目を見開く。
隣でタガネが嘆息した。
「シバル王子殿下」
「ん?」
「生憎と、こっちも事情が込み入っててな。俺はこの女と人捜しの旅の途中で、気紛れに訪ねただけだ。滝を見た後はすぐ動くんで、殿下には迷惑だろ」
「人捜しであれは、協力できますよ」
「悪いが王家の力を借りても、こちとら卑賤な傭兵なんで、払える物も無い」
「それなら、ご安心を」
シバルが笑みを湛えたまま。
きょとんとしているマリアを見遣る。
「マリア様を私に下されば」
「なおさら無理だな」
「なぜですか?」
「コイツがいないと俺の仕事も立ち行かん。何より俺の所有物じゃないんで、も払える代償ですらねえ」
「なら、マリア様本人に」
「そもそも」
繋がれた手を横から払う。
タガネは二人の間に割って入った。
「女を報酬扱い」
「…………」
「おまえさんのような人間には、この女は危ういぞ」
マリアの手をさっ、と握る。
軽く一礼だけ残して。
背後からの視線に堪えながら連れ去った。
「ちょ、ちょっと」
「面倒増やしやがって」
「良いの?第一王子に不敬を働いたのよ」
「別に良い。仕事場が減るって厄介に目を瞑れば、後はどうとでもなる」
「そ、そう」
釈然とせずマリアは首を捻る。
「しかし」
「ん?」
「いいのか、あれは」
「あれって?」
タガネが肩越しに振り返る。
「女は白馬の王子に憧れる、だろ」
「………………」
後ろを振り返る。
まだ王子たちは二人を見ていた。
前に向き直って、マリアが笑う。
「私は庶民派じゃないわ」
「へえ?」
「アンタよりは、ましかもだけれど」
軽口を叩くマリア。
タガネは小さく笑うだけだった。
後日。
二人は出国するまで謎の集団に追われることとなるが、それはまた別の話である。
星狩りから十八年後。
屋敷の裏庭でタガネは休んでいた。
眠りから目が覚めて、瞼を開けると最初にマリアの顔が映る。後頭部に柔らかい感触を覚えて、彼女の膝の上だと察した。
寝惚け眼で相手を見上げる。
「おまえさん、いつの間に」
「油断しすぎよ」
「良いだろ、別に」
タガネがまた眠りに入る。
しばらくして。
彼はマリアの腰に腕を回して抱き着く。
これが睡眠中の寝相だと知っているのは、マリアだけである。
寝息を立てる彼の柔らかい銀髪を撫でた。
マリアはくすり、と笑う。
「白馬というより、白犬ね」
衝動で書いた思い付きです。。




