小話「窃刀」⑨
望洋と青空を眺めていた。
セインの頭の中は空となっている。
だからこそ。
鳴り響いた金属音がその意識を劈いた。
はっとして前に向き直る。
いつしか地を蹴って、ユキが攻撃の挙に出ていた。右の刀を踏み込みと同時に突き出している。
ぎらりと光る刃先。
マリアは涼しい面持ちで横へ受け流した。
銀剣の上を刃が滑り抜けていく。
火花を散らした剣呑な挨拶に、二人の表情から笑みが消えた。
前傾姿勢のユキ。
その顎へマリアが剣の柄頭を振る。
突進の勢いで止まれない。
待ち構えた反撃の一打だ。
だが。
「ひひっ」
「ッ!?」
ユキが膝を曲げ、頭を下げる。
マリアの一撃が空振った。
勢いを利用して滑り、横を通過し――さながら独楽のごとく体を回して左の刀を横に薙ぐ。一連の挙動は御しがたい慣性に身を翻弄されいるにもかかわらず、鮮やかな回避から一撃へと転じられた。
人間離れした動きからの一刀。
マリアは引き戻した銀剣の刃元で受ける。
滑り抜けた刃先がわずかに服を切った。
ユキが後ろへと抜けていく。
マリアは身を翻して――瞠目した。
「なッ……いない!?」
「こっちだよん」
頭上から声。
マリアは上を振り仰いだ。
中空で体を旋らせながら刀を振りかぶるユキ。
左は逆手持ちにして、全身で右回転する。
高速で巡る凶刃の輪。
マリアはいなしつつ飛び退いた。
ユキが着地し――即座に翻身して駆け出す。
息つく暇もない。
「相変わらず人間離れしてるわね」
すれ違いざまの一刀。
直後に急制動と跳躍。
空中でも自在な体捌き。
動きが読めない!
「あはっ」
「極刀……!」
ユキが片手の剣を前に抛った。
そして。
「タガネの技!」
「なっ」
ユキはそれを蹴った。
爪先が強かに柄頭を捉える。
切っ先がマリアにかざした一瞬に加えた打撃が推進力へと転換され、びょうっと風を切って飛ぶ。
剣を放る愚挙かに思えた。
それが強力な投擲へと変貌を遂げる。
しかも。
一歩遅れて同じ速度でユキが刀を追走した。
マリアは横へと飛び退く。
剣が隣を通過――する寸前で、追いついたユキの手がしっかと柄を取る。止めるやいなや、マリアに向けてそれで袈裟斬りを繰り出した。
マリアは身を屈めつつ。
傾けた銀剣で上へと滑らせ、流した。
刃から別れ際に鋼の甲高い音が鳴る。
「厄介ね」
「よっと」
滑る刀に体が引かれる。
その力に身を委ねて、また回転した。
ぐるんと一周して。
逆手持ちの左の刀が刺突になって襲い来る。
動きは大胆で隙が多い。
なのに。
行動速度と予想外の連続で攻められない。
タガネの連撃とは異なる。
重く疾い一撃を高速で繰り出す凶悪さ。
ユキは、速度を重視した技だ。
マリアは小さく舌を打つ。
「ふんっ」
「あれ?」
マリアが前へと踏み出す。
刀を剣身で横に流しながら剣柄を突き出す。
「ッ……!?」
ぼくり。
振り抜く前の左肘。
それが怪音を立てて柄頭と邂逅を果たす。
ユキの顔が激痛に歪んだ。
続けざまにマリアは彼女の横腹を蹴って、後ろへと飛び退く。一瞬の後に追い縋る右の刀が虚空を斬り裂いた。
距離を取ってマリアは体勢を整える。
左の刀が手から滑り落ちた。
ユキは苦悶を噛み殺す表情である。
「やっ……てくれたね」
「これが私の剣技よ」
「は、あ?」
「牛みたいに勝手に突進して来る相手の勢威を利用して痛い目に遭わせる」
「ッ…………!」
「左腕はもう動かなさそうね」
マリアは冷やかに言い放つ。
ユキは左腕を見た。
だらりと力なく垂れ下がっている。
おそらく、骨は折れた。
「あら、心まで折れたの?」
「生意気」
「愛した男を賭けてるんだから全身全霊よ。それとも、この程度で折れるくらいの意気込みで私に挑んでたなら笑い種ね」
「折ってやる!!」
ユキがどん、と地を蹴る。
その正面で。
「ええ、やってみなさい」
微笑むマリアが悠揚と待ち構えていた。




