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慈雨を受けた青葉が光る。
初夏の深緑が枝の先を艶やかに彩った。梢が折り重なって森となれば、快晴の空の下で風を受けると緑の海となって波打つ。
空気は茹だる暑さ。
それでも、風に揺られて重なる葉擦れが潮騒となって風の訪れを告げるので、聞く者の心地も涼やかにした。
杣道を辿る銀髪の剣士。
笠の下の顔は、険しい眼差しを前方に投げた。
頭上では木々が枝の手をつなぐ。
枝の屋根が完成し、さながら木のトンネルだった。
しかし、そのせいで熱気がこもる。
何より風が吹けば虫を振り落とした。
まるで木の悪戯のようだが。
ときおり毒虫が混じっているので笑えない。
熱気と毒虫。
旅足の倦む道なのは間違いなかった。
依然として。
先に人の住処は見えない。
「景色は美事なんだが」
右手には谷。
対岸の山には滝の嗄れた跡があった。
削られた山肌の岩の隙間を植生の緑が縫う。
まさに自然の風景である。
だが。
「物見遊山じゃないんだが」
タガネは独り肩を落とす。
気懈げに目を眇めた。
その面前に。
梢から緩やかに蜘蛛が垂れる。
赤黒い体表は、毒虫の証。
この山道でよく見る種類だった。落下はしないが、人を獲物と見紛ってよく自ら降りてくる。
剣士は身を引いて避けた。
噛まれても解毒剤は無い。
ただでさえ予定より遅い足取り。
これ以上。
毒などで余計に足を鈍らせるわけにはいかない。
辟易しつつも。
一歩ずつ前へ踏み出す。
「そろそろ橋があるはずなんだが」
懐中から地図を取り出す。
畳まれたそれを広げれて現在地を確認した。
印をつけた目的地にほとんど重なっている。
あとは谷を橋で渡るだけ。
タガネは地図をにらみながら進み続けて。
「お、あれか」
とうとう橋を見つけた。
「あ、あれなのか?」
そう、橋ではあった。
タガネは色を失って立ち尽くす。
「この地図、最新だぞ」
もはや絶望すら浮かべる。
地図通りの位置。
谷を渡れる唯一の道だった。
その橋が落ちていた。




