小話「窃刀」③
星狩りの四年前。
タガネは山道で休んでいた。
路肩の茶屋の提供する長椅子に座す。
腰を落ち着けた。
「さて、さて」
懐中から包を取り出す。
包装を解けば、中には団子があった。
軽くかけられた蜜が光沢を放つ。
往来を眺めながら小腹を満たす甘露を食す。
煤や土で汚れた身なり。
衣服からは血がほんのりと臭う。
さまざまな人の気配が入り混じる雑踏のそばだからこそ誤魔化せるものだった。
だが。
それでもやはり目立つ。
茶屋に留まる眉目秀麗な少年。
これが注目を浴びないわけがなかった。
何より最近の風評がある。
ヌスの英雄。
敵国側の戦士ながら皆が畏敬を注ぐ。
当然ながらパルムコットは彼を勧誘した。
その手によって与えられた過去の損失を鑑みても、戦力として欲しい逸材である。
その所為か。
この数月は尾行されていた。
タガネはちら、と山上を見遣る。
「四人、増えた?」
指についた蜜を舐める。
パルムコットも大きな国力があった。
他国にいる間諜を使嗾して監視をつける。それは交代制で二、三人が定員である。剣の届く間合には絶対に踏み込まず、人数も多くは用いない。
報復を恐れているのだ。
ヌステーノで凄まじい戦果を挙げた戦士。
警戒する理由は枚挙に暇がない。
だが。
今タガネが察知した数でも七。
異変が起きていた。
包囲と拘束を目的とした増員か。
これ以上増えれば……――タガネは往来の中での荒事も覚悟した。
だが。
「…………」
「なんだい」
タガネは隣を睨んだ。
同じ椅子に座る少女が自分を凝視していた。
先刻から隠す素振りもない。
帽子の下で。
瑠璃色の瞳は大きく見開かれている。
「甘い物が好きなんだ?」
「さてね」
「名物だから買ったとか」
タガネは団子を包み直す。
興が醒めたと懐にしまうと立ち上がった。
増員よりも前に早く発つが吉。
目的地までの旅程を再考しながら歩き出す。
すると。
「あ、待って。あっちも行く!」
「はあ?」
少女が慌ててたち上がる。
振り返って――ぎょっとした。
彼女の臀部から、ふさりと銀毛の尾が垂れる。
タガネはその場に固まった。
「あ、気になる?」
「亜人種か」
「うん、そだよ」
少女が帽子を脱いだ。
その下から現れた三角の耳が揺れる。
「亜人種は嫌い?」
「人全般が嫌いだな」
「ふうん」
「ただ亜人種は厄介を招く。俺も世間じゃ鬼だなんて呼ばれてるからな、おまえさんも早くどっか行った方が互いの為だぜ」
「亜人種は厄介」
少女はその言葉を反芻する。
すると、腰の刀を引き抜いた。
「じゃあっ」
「な――!?」
少女の顔を血が伝う。
赤く染まった三角の耳介が地面に落ちた。
耳を自身で切断した。
そのことに驚いて絶句していると、少女はさらに尾へと短刀を向ける。
はっと我に返る。
慌ててタガネは短刀の握り手をつかむ。
きょとんとした彼女と視線が合う。
「何をやってる」
「尻尾も切れば」
「なんで」
「耳と尻尾が無ければ厄介も無いだろうし、一緒に行けるかなって」
「っ…………」
タガネは瞠目して一歩退く。
「何でそこまで」
「ふふ、信じるかな」
「…………」
「一目惚れだったの!」
「あ?」
少女が手を差し出す。
「ねえ、あっちはユキ。――あなたは?」




