小話「角の名残」⑷
一夜が明けて墓所へ向かう。
まだ日が差したばかりの早朝であった。
念の為に片手に龕灯を提げる。
果たして。
出現時期が夜中からいつまでなのか。
朝方でも接触可能か検める必要があった。
緊急時の脱出口などの地勢の事前調査も兼ねている。
仮に会敵しても対処できる。
態勢は盤石。
あとは出現時期の確認のみ。
タガネは森の入口に立つ。
内側は墓所になっているが、樹林の中へ続いていく一本道の先は闇を湛えている。墓石の一つもみとめられない。
嘆息して足を進めた。
「たしかに出そうだな」
龕灯を掲げて辺りを見回す。
照明された範囲は限られる。
だが、そこかしこに墓石が発見できた。他にも添えられた新しい花なども目につく。
剣鬼に襲われる。
そんな風聞があっても人は来ている。
出現時期を把握しているからか。
それとも。
「偽物ならありがたいが」
タガネは墓所を奥まで進んだ。
そのとき。
前方でかさり、と葉擦れ。
タガネは素早く片手を剣の柄に添える。
行く手の暗中で蠢く気配を察知した。
人間か、動物か、魔獣か。
「おや、墓参りかな?」
「……そんなとこだ」
ぬっ、と。
闇の中から老人が顔を出す。
いささか面食らいつつ冷静に言葉を返した。
タガネは構えを解いて歩を進める。
老人の直近へと寄った。
「ここは亡霊が出るって話だが」
「色んなもんが出るよ」
「たとえば」
「昔の戦士たちだ」
老人は周囲を見回す。
「ここは不思議なのだ」
「不思議」
「知らん間に墓が立つ」
「へえ」
「まるで、行き場の無い霊を悼むように勝手に出来るんだ。いつからそうなのかは知れんが、私が子供の頃からすでにあった」
「下の街では知られてんのか」
「今や爺婆の古い記憶よ」
タガネはふん、と鼻を鳴らす。
「なら教えてくれな」
「何を」
「タガネ、という名の墓は?」
「それなら、ほれ」
老人が右手を指差す。
タガネはそちらを龕灯で照らした。
すぐそばに並んでいた三つの墓石、その中心にある物に『タガネ・キリサキ』と刻んである。
ぎょっとして。
タガネは思わず剣を抜きかけた。
「どうした?」
「いや、危うく墓を刻むとこだった」
「知り合いか」
「ああ」
タガネは墓石を睨んだ。
よりにもよって縁を切った切咲の名。
墓があることも驚きだが、よもや忌むべき姓がついていることが業腹であった。
墓石の前に屈み込む。
「これが、か」
「いったい誰なんだ」
「さてね、俺も忘れたよ」
タガネが呆れ笑いをこぼした。
その瞬間。
『思い出させてやろうか』
どこからか声がした。
タガネは眉をひそめて視線を上げる。
墓石の後ろで。
タガネを見下ろす人影が佇んでいた。




