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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
三話『夜遠し』実
552/1102

20



 都の惨事は国中に届いた。

 わずか数刻の間。

 天災じみた怪物の出現と消滅が起きた。

 後に帰還した切咲家宗家の三男イグラにより、城内では以前から将軍や、その系譜が惨殺される事件が発生したことも審らかに公表される。

 犯行は祖先の亡霊。

 国を捨てた宗家の追放者に対する裁きである。

 そのように伝えられたが、逃げ惑うしかなかった民たちの瞳には、未だあの宵に繰り広げられた死闘が焼き付いていた。

 果敢に挑んでいく魔法使いたち。

 そして。

 先鋒を務めた、あの銀の剣士。

 たとえ彼が原因だとしても糾弾の声はない。

 むしろ、彼こそ次期国主にと支援もある。

 だが。

 その声も虚しく、彼の滞在禁止指令が降った。



 魔神の降臨から数日後の都。

 復旧作業を急ぐ者の喧騒で満ちていた。

 撤去された瓦礫や木材で雑然とした道は、以前よりも狭く人の往来が激しいため、通る者もある程度の屈託を呑んで人波に身を投じる。

 象徴だった天守閣。

 見上げていた都の象徴の消失は、言わずとも民の心にぽっかりと穴を空けさせた。

 喪失感を紛らわせる。

 それもあって復興の熱は凄まじい。

 ただし。

 怪物の発生源。

 北の神社へは誰も近づかなかった。

 神社といえど跡形もない。

 魔神が地下から出現したとあって、そこは何尋もの深さを擁した縦穴と化している。注いだ光でさえ底が覗い知れない。

 もはや神聖さの欠片も無かった。

 未だ色濃く先祖の亡霊の臭いが漂うと風評があり、無闇な接近は祟りの始まりとまで言わしめるほどに悪印象は成長する。

 その所為か、そこは静寂に包まれていた。

 忘れ去られたように。

 巨大な穴は風籟だけをこだまさせる。

「ここでいいか」

 穴のそばへ寄る。

 片手にした折れて欠けた包丁。

 それを、中へと静かに放った。

 闇の中へと落ちていく影を、物憂げな銀の瞳が見送る。

 跳ね返る音はない。

 いったい何処まで続いているのか。

 そんな想像すら億劫になり、タガネは頭を振って踵を返す。穴から離れ、瓦礫を踏み越えていく。

 その途中で一度だけ振り返った。

「さよならだ」

 数日の間も忙しかった。

 アカツキの遺体は城で荼毘に付される。

 騒動の後に帰還し、難を逃れた当主候補イグラによって、一族を挙げての葬送を執り行うと約束した。

 タガネの意見にも耳を傾ける人物だった。

 切咲の血への固執も無い。

 ただ。

 人の悪意に敏感なタガネ。

 その洞察力でも腹の底は見えなかった。

 もっとも、タガネの滞在を快く思わない勢力などが現れる場合も危惧し、今後の入国を禁ずる旨を伝えられた。

 タガネとしても異論はない。

 最初からその所存だったのだ。

 二度と訪れない心構えで訪ねたので、心残りも作っていない。――そのつもりだった。

 タガネは腰の剣帯に触れる。

「守れなくてすまん」

 柄をやさしく撫でた。

 そこに吊られるのは柄だけの太刀。

 神速と銘打たれたアカツキの魂である。

 日輪ノ国で生んだ後悔の象徴として、腰に帯びている。

 あれから数日。

 悔やまなかったときは無い。

 片時も頭を離れなかった。

 アカツキが遺したのは、太刀と人形細工で作った人形、そして後日の観光を潤滑に進行すべく密かに彼が記していた計画書の三つだ。

 計画書について。

 タガネはすぐに実行へ移した。

 三人でアカツキが計画していた物を消化し、数日の内に完遂したのである。

 あとは。

 もうこの国を立ち去るだけ。

「やあ、従兄どの」

「イグラか」

 物思いに耽っていると。

 行く手に青年イグラが立っていた。

「何か用かい」

「少し話を、と」

「ここで頼むよ」

 イグラが苦笑する。

「兄様たちが失礼した」

「いや、別に」

「といっても、わっしも一族じゃ除け者扱いされてたから、むしろ死んで清々してる」

「なに?」

「わっしは、将軍が市井の女と生んだ不義の子」

「……なるほど、道理で」

 出会ったとき。

 三男と聞いていたタガネには違和感があった。

 イグラの年の頃は十八から二十を過ぎるか。

 対して、次男のキリマルは明らかに年下。

 生まれた順と異なる呼称である。

「家に入ったのは後だと」

「十を過ぎる頃にわっしは城に入った。母が死んだんで、後を将軍に頼った次第だ」

「…………」

「わっしには切咲の拘りもない」

 イグラは肩を竦める。

 その口元は笑みを浮かべていた。

 まるで、兄たちを嘲笑うようである。

「将軍もまた血の束縛を嫌ってた」

「それで羽目を外して」

「わっしが生まれたんだ。

 一族が固執した鎖国体制は、なるほど国の文明を守るには一つの良策だった。でも、束縛されるのは国民だけでなく己自身。安全と引き換えに自分を苦しめた」

「それで」

「ん?」

「なぜ俺にそんな話を?」

 にこり、とイグラが笑う。

 タガネは察した、ここから本題だと。

「わっしは当主になる」

「残り物だからな」

「そう。それで――鎖国体制緩和を行う所存」

「外に興味があると」

「ええ、ええ」

「…………俺にどうしろと」

「手伝って欲しい。剣聖の有する世界的権威なら、外れモンだった日輪ノ国を世界と打ち解けさせられる」

「無理な話だな」

 タガネはにべなく断る。

「剣聖は象徴でしかねえ」

「まあ、たしかに」

「差配する権限は別にある」

「奥さんだっけ?」

 タガネはうなずいた。

「俺の家族に、因縁は持ち込めんから」

「あー、そっか」

「やるなら一人でしてくれな」

 再び歩み出して。

 すっ、とイグラの隣を通過した。

 遠のく彼の背中に肩越しで一瞥だけして、そのまま都へと向かう。

 国が変わる節目かもしれない。

 鎖国体制の緩和。

 もし日輪ノ国が変われば、あるいはタガネ自身も彼らを受容できる心構えになる可能性が無いとは断言できなかった。

 ただし、ここへの目的。

 袂を分かつために訪れたのだ。

 そこだけは違えない。

 ヨゾラと自分を縛る因縁に決着をつけにきた。

 今さら別の関係など望むべくもない。

「せーんぱーいっ!」

「おう」

 道の先でミシェルが手を振る。

 タガネはそれに声で応えた。

 これから出国である。

 彼女の隣では、ベルソートが腰をさすっていた。

「いたた、昨日のが響いたわぃ」

「何が」

「たしか……餅搗きとかいうやつじゃ」

「おまえさん捏ねただけだろ」

「突いてた先輩とアタシなのに」

 二人で呆れて嘆息する。

 ベルソートが乾いた声で笑った。

「して」

「うん?」

「満足したかのぅ?」

「……ああ」

 タガネは周囲を見回した。

「まだ巡りきれてないがな」

「仕方ないわぃ」

「だが充分だ」

 三人で空を振り仰ぐ。

「名前の割には暗い国だったな」

「それなりに楽しめはしたがのぅ」

「どうかね」

 タガネは鼻で笑う。

 日の加護を享けると言われる国。

 常に明るく、影の一つすらないのが美徳だと嘯いていた。

 だが。

 抱えているものはどす黒く、暗い。

 先祖(リョウ)の魂が解放され、これからヨゾラが苦しめられた切咲の執念の一つである鎖国体制が緩和される今になって、ようやく人々は自身の国の闇と対峙しつつある。

 ずっと目を背けていた夜の始まり。

「俺には関係ないね」

「ほほ、薄情」

「うるせえ」

 タガネは小さく笑った。

 どのみち、もう切咲と関わることはない。

 短い期間だがすべては決した。

「帰るか」

 タガネの言葉に二人がうなずく。

 帰るべき場所は他にある。

 旅は終わり、帰りをひたすら心待ちにしているマリアのところへ。

 抜身の刃だったタガネを包む鞘の彼女。

 そして今回のことで、この力の意味を知らせ、振るうために剣を握る柄となるアカツキ。

 たとえ死んでも。

 その存在を胸に刻もうとタガネは誓った。

「改めて、さよならだ」

 独り言ちて。

 ふたたび帰路を辿り始めた。





ここまでお付き合い頂き、誠に有り難うございます。


これにて三話完結です。

タガネ君の因縁は決着したので、一話、二話同様にタガネではない誰かを主軸にした話を四話として書くかもしれません。。





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― 新着の感想 ―
[良い点] 怒涛の展開ながら余韻の残る締め方 [一言] 本編終わってしばらく経つのになおこの更新頻度と内容、ありがとうございます。
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