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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
三話『夜遠し』花
524/1102

10



 タガネが血を噴いて膝を屈する。

 斬りつけた人物の黒衣の裾が風に靡いた。

 一瞬の静寂。

 愕然としていたベルソートは我に返った。

 目の前にした黒フードの男から感じる魔力の波長に覚えがある。いや、親しみすらあったのが却って恐怖を抱かせた。

 三人を背に庇うように前へと出る。

 ベルソートは長杖を突き出した。

「――『時空の固定』ッ!」

 放たれた一声。

 ベルソートの魔力が世界を掌握する。

 彼以外のすべての時が奪われる。――タガネを除いて。

 時間の停止した世界。

 固まった黒フードの男の隣を通過してベルソートはタガネへと駆け寄る。

 一目で傷は深いと判った。

 あれでは臓腑がこぼれ落ちる。

 即座に治癒魔法を施して傷口を塞ぐ。

「タガネや、大丈夫かのぅ」

「すまんな」

「いや、これくら――」

「無視すんなよ、爺ぃイイ!」

「はっ?」

 タガネとベルソート。

 二つだけの声色が響く世界のはずだった。

 背後からの狂気に震えた叫びを聞く。

 振り返った瞬間に、ベルソートの脇腹に鉄塊じみた歪で大きく成長した包丁が叩き込まれる。轟音を打ち鳴らし、タガネの眼前から吹き飛ばされた。

 血を振り撒いて地面を跳ね転がる。

 止まっていた世界が時間の流れを取り戻す。

 ベルソートは驚怖に混乱していた。

「なぜ……動ける……?」

 戸惑う視線の先。

 黒フードの男は笑っていた。

「久すぃ振るぅりだなぁ、爺!いんや、御前がオレ様を目にするのは初めてかぁ!?」

「なん、じゃと……」

「三千年前は、妹を魔神にしてくれた件で世話になりやしたってなあ!!!!」

「…………なに?」

 ベルソートの脳内が白く染められる。

 ――妹を、魔神に……妹?

 だが。

 言葉を理解するより先に、ベルソートの意識が闇の中へと沈んでいく。

 杞憂ではなかった。

 切り離せない因縁だったのだ。

「『哭く墓』……そういう、わけじゃったか……」

 一つの事実を確信して。

 ベルソートは顔を悲痛に歪めたまま気を失った。

 それを見たミシェルも素早く構える。

 タガネとベルソート。

 立て続けに最高戦力が失われた。

 黒フードの動機や正体は不明だが、逃げの一手以外の有効策がわからない。今は全力で回避のための策を練る時間を稼ぐ。

 周囲に認識阻害の魔法を展開する。

 広範囲の幻惑。

 これにより、相手は正確にミシェルたちの位置を把握して攻撃できない。

「アカツキくん、今の内に逃げるっスよ!」

「し、しかしお二人が……」

「今は生き残る道を――」

「幻覚って面白えなあ」

「へ?」

 ミシェルの頭の上に手が乗る。

 湧き上がる戦慄が全身を縛った。

 五識を狂わせ、正確な位置を把握させない魔法の効果はどんな生物にも及ぶ。そこに物体を視認してもすべてが錯覚であり、触れることなど叶わない。

 にも拘らず。

 この男はミシェルに触れていた。

 輪郭を確かめるように撫でる。

「俺は『肉体』じゃねえんだよ」

「え?」

「マコトに全てが注がれちまった所為で、オレ様は『魂』でしか存在できねえんだ」

「どういう――」

「ふはっ。笑ってる顔は不細工なのに、怖がってると美人ンンンンンン!」

 男が包丁を振り上げた。

 ミシェルの顎を下から撃ち抜く。

 顔の前面が縦に両断され、衝撃で後ろへと転倒した。その頭部から垂れ流される流血が石畳の隙間を走る。

 ナギとアカツキは恐怖で硬直していた。

 何者なのか、この男。

「あーとは切咲とぉ、切咲っ!」

「何なの、あなた」

 男が肩をすくめる。

 先刻から変色した空や反転した影、世界そのものが異変を現した中で、混乱せず愉しむその姿勢は、彼がこの異常事態の発端であるとはナギにも容易く理解できた。

 だからこそ。

 その規格外さが知れる。

「何者なの」

「まだわかんねえかー……」

 男はくつくつと笑って自身を指差す。

「オレ様は『哭く墓』」

「…………!」

「うーん、いや名前で名乗るか!」

 男の厚い唇が弧を描く。

「オレ様はリョウ、石動涼(いするぎりょう)だ」





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― 新着の感想 ―
[一言] うわあ……… これどうやって倒すの? そ、そしてミシェル…………((((;゜Д゜)))
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