小話「魔除の殻」(11)
神殿内部へ。
見張りとして立つ僧兵は二名。
認識操作により前に二人が立っても、疑う素振りはなかった。レインから離れない限りは、一見で正体を看破されることはない。
レインが前に手をかざす。
大気の魔素が大きく渦動していき、広がっていく運動領域に触れた僧兵二名の体内の魔素も漏出して、レインの掌へと吸い込まれていく。
少しして、僧兵は無言で頽れた。
レインが裸足で隣を通過する。
ミストも後に続いた。
「神殿の地下だそうです」
「ん」
「内部構造は――」
「とにかく下」
神殿に入って。
早々にレインが床を強く踏み下ろす。
叩きつけた踵から衝撃が奔った。
神殿全体が戦慄いて、耐えきれずに床面に大きな亀裂が刻まれる。地底まで侵していく破壊の余波に、やがて足下が崩落を始めた。
ミストが長杖の上に跨がる。
片手でヨンを引き寄せて後ろに座らせた。
瓦解する床とともにレインは落ちる。
滞空する二人はそれを見届けた。
「崩落が落ち着いたら追います」
「あの娘一人で大丈夫なんですか!?」
「ええ、強いですから」
「何者なんですか……あの娘」
呆れ半ばにヨンが呟く。
瓦礫の落下が収まるのを見計らって、二人はゆっくりと降下した。
剥き出しになった岩室。
その奥には、地中を進む通路がある。
レインは既にその先だった。
瓦礫の山の上を超え、通路へと長杖に乗って滑る。床に降りて、二人は前へと走り出した。
床を踏む裸足の音がしない。
レインはもう到着しているのだ。
落下してから、まだ時間は経っていない。そう長くは無いと予測し、その通りに間もなくして二人は通路の終わりを先に見た。
前方に灯の光が漏れている。
ヨンとミストはその中へと迷わず進んだ。
そこは玄室となっていた。
矩形の石棺が中央に設えてある。
だが。
その上に壁から伸びた鎖に縛られた大男の肉体が乗っている。肌の色は瑞々しい艶を帯びており、逆立った緑の髪は項の部分で波打っていた。
あの『お守り』通り。
前に両手を突いて項垂れている。
大男の体を前にレインは立ち尽くしていた。
何かを躊躇うように顔を険しくさせる。
「生きてる?」
「……確認します」
二人は歩み寄って。
慎重に大男の顔を覗き込んだ。
白目を剥いていた。
肌に死後の紫斑は出ておらず、血色も良いとあって死体の特徴はまるで無い。だが、決定的に死亡していると判るのは、胸に大きく空いた孔だった。
そこからの流血は無い。
内側を見れば、血管や臓器は脈動していない。
呼吸も停止していた。
「死んでます」
「……死んでも肉体が残るなんて」
「さすがは魔神戦線前に怪物と言われ、三英雄の一人と戦っただけのことはあります」
「……でも、なぜこんな所に」
「強力過ぎるゆえに」
ミストは天井を振り仰ぐ。
「地下とは、身近にある不可視の世界」
「…………」
「人にとって地上は自らの生きる土地であり、それより下層にある地下などは、触れることが難しい冥界などの比喩として扱われます」
「あ、たしかに」
「この怪物は、肉体までは滅ぼせなかった」
「はい」
「だから、せめて人の目に触れない冥界……そこに葬ったのでしょう」
ミストが顔をしかめる。
「魂も無い蛻の殻」
「それなのに」
「魔獣を退け、エリヤを拒み、人を狂気に陥れる」
「魔除の戦神様というより」
「悪魔ですね」
ミストは背後を振り返る。
レインが片手を伸ばしていた。
肘から先の前腕部が、音もなく魔剣の刃へと変貌する。石棺のそばへと進み出て、頑丈な鎖によって縛られた大男の体へと剣尖を突き刺した。
その箇所から。
皮膚がじわじわと黒く変色する。
「あ、あ、い、痛い」
乾いた唇から声が漏れる。
二人はぎょっとして大男の顔を見た。
「大丈夫」
「……本当に?」
レインが首を縦に振る。
ゆっくりと剣を引き抜いた。
大男の全身が瞬く間に灰色へと変じて、砂状に崩れていく。
――崩壊する。
ヨンは最後にもう一度だけ大男の顔を見た。
「泣いてる」
音もなく。
石棺の上で大男は灰燼に帰した。
街路では怪物が再起動していた。
エリヤも催眠から醒めて歌を再開する。
街が地獄の様相を取り戻す最中、タガネだけは剣を振るっていた。任務が完了するまでの間、街の被害を最小限に留めるべく怪物をきる。
幾体目かも忘れる途方もない数の手応え。
数えるのを諦めたタガネの周囲で、人々の悲鳴が声色を変えた。
歓喜ではなく悲痛な響きに染まる。
タガネは手を止めて振り返った。
「やったか」
『銀んんンンン!!』
トーラルの遺体が処理された。
その瞬間だった。
上空で静観していたエリヤが急降下する。
自らを退ける邪悪な力の消失に、全身を震わせながら街へと迫った。
その直下にタガネが構える。
長剣の刃に銀の魔力が迸った。
「あとは、おまえさんだけだな」
タガネは上空へ一閃する。
白銀の斬撃が放たれ、エリヤを正面から強襲した。
エリヤは慌てて宙で巨躯を翻し、歯車で受け止める。
轟音が炸裂し、歯車の一つが破片となって砕けた。
腰椎の下の首が苦鳴の声を上げる。
「そら、もう一つ」
タガネはもう二閃を追加した。
エリヤが滑空して回避する。
そのまま空へとふたたび上昇し、夜空の中へと消えていった。タガネの目からその姿が目視できなくなると、街中を貪り尽くす怪物たちが一斉に泥状となって潰れる。
鼻腔が拒絶反応すら催すほどの悪臭。
タガネは鼻を手で覆った。
「迷惑なもん残しやがって」
悪態をついて。
剣の血を払い落とす。
トーラルの遺体の破壊、エリヤの撃退。
二つが完了した今、あと迎える脅威は抑えられていた魔獣たちのみである。まだ悲鳴が止まない街の様子から、迎撃体制はどうあっても整わない。
タガネはひとり嘆息した。
「もう一仕事するかね」
地図を開く。
胎窟は東部に密集している。
襲撃もその付近からと予測し、タガネは東に向けて歩み出した。




