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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
三話「境の逃げ宝」下編
51/1102

8



 屋敷前で剛拳が唸りを上げる。

 突風が吹き荒れた。

 バーズの一動作に空気が震動する。

 タガネ達はそれに翻弄され、地面の上をもんどり返った。回避しても遅れて吹く風圧に弾き飛ばされる。

 タガネとクレス。

 屋敷までの距離は十数歩ほどなのに。

 たった一人、バーズが立ちはだかるだけで果てしなく感じる。

 帝国最強の一角が牙を剥いていた。

 この壁を突破するのは至難である。

 バーズが前に踏み込んだ。

 その爪先で石畳が粉砕される。

 小さく吐いた呼気。

 それを合図に、彼の引き絞られた凶器(こぶし)が発射される。

 クレスの顔面に拳固が迫った。

 凶悪無比な拳打。

 タガネがその横合いからバーズの手首を剣の柄で叩いて逸らす。

 クレスのこめかみを轟風が過ぎていく。

 頬に薄く朱の線が浮かんだ。

 タガネが背中で押してクレスを下げる。

 バーズを剣をふるって牽制しつつ。

 数歩分だけ後退した。

「クレス」

「何だ」

「バーズは俺が面倒を見る」

 タガネが前へ摺り足で出る。

 クレスは屋敷を振り仰ぐ。

「先に行けと?」

「先にリクルを」

「それは可能だが……」

 クレスは拳聖に視線を移した。

 影魔法の移動。

 それなら容易にここをすり抜けられる。

 リクルを捕らえられる。作戦としては最善とも言えた。

 ただし。

 作戦の完遂されるまでタガネが生きている保証が無い。

 昼間の戦闘でも際どかった。

 マリアが身を案じた彼の生死。

 この危地を一人で脱して良いか悩まされる。

 タガネが剣を軽く横へ振る。

「安心しな。最悪は逃げる」

「……では、リクルを捕らえたら」

「所定の地点で合流だ」

 クレスが影の中に潜る。

 同時に。

 タガネが地面を蹴った。

 腰を落として、バーズが迎撃の態勢を取る。

 拳撃(けんげき)の間合いに飛び込む。

 バーズの頭めがけ一刀を放った。

 鼻先に奔る凶刃の光。

 バーズは、わずかに上体を引いて避ける。紙一重で鼻の頭を鋭い風が撫でた。

 最小の動作で必要な結果を出す。

 獰猛な戦士でありながら伶悧な神経。バーズの戦闘の勘は冴え渡っていた。

 灰色の瞳が剣先を見る。

 僅かな血も付いていない。

 正面のタガネからは、バーズが動いたようには見えなかった。美事な体捌きで刃圏(はけん)を幻惑された気分だった。

 思わず歯噛みする。

「ちっ」

「はい次ィ!」

 バーズが再び動く。

 一歩前進して、回し蹴りを繰り出した。爪先が凶悪な破壊力を帯びて襲いかかる。

 その前に。

 タガネは膝の僅かな挙動で攻撃を予知した。

 剣を振った勢いに身を委ねる。

 体を後ろを向くように巡らせつつ、腰を折って屈む。数瞬まで頭のあった位置を、凶悪な風が薙ぎ払った。

 回りながら剣を逆手に持ち変える。

 バーズに対して背中が向いた。

 その瞬間に、剣を後ろへ突き放つ。

 腹部に一直線で凶刃が肉薄する。

「甘いぜ!」

 バーズがその剣先を目で捉え。

 人並み外れた反射速度で挟み取ろうと手を伸ばした。

 昼の戦闘でも、タガネの剣は掴める。

 その自信が付いていた。

 絶対の自負をもって実行する。

 すると。

 タガネの口許に笑みが浮かぶ。

「こっちの台詞だね」

「はっ!?」

 タガネが剣を握る手元を。

 ひ(・)ね(・)っ(・)た(・)。

 縦に立てられていた刃先が傾く。

 バーズの予測した角度を逸して突き込まれた。

 両者の間で鮮紅(せんこう)が散る。

 バーズが足を引き戻し。

 タガネは前に向いて構え直した。

 二人は呼吸を整える。

「…………」

「やりやがったな」

 バーズが憎々しげに呟く。

 その手元から血が流れた。

 人差し指と中指の間から手首にかけて、深い傷が刻まれている。指先から滴る血は、一条の線に近い勢いだった。

 同じように。

 タガネの剣先も赤く染まっている。

「技はよくても傲慢」

「ああ?」

「実力に胡座(あぐら)を掻く」

「……てめぇ」

「それが、拳聖(おまえさん)だ」

 昼では白刃取りで止められた。

 同じことで攻撃を阻止される可能性がある。

 その対策を講じたまで。

 にもかかわらず。

 相手が同じことを繰り返すと高をくくっていたバーズに呆れた。

 タガネが嘲笑を顔に作る。

 バーズの顔が怒気で真っ赤に染まった。

 その胸裏が羞恥で沸騰する。

「俺のこと、舐めてんだろ?」

「まあ、失望はしたな」

「なら、強制的に訂正させてやるよ」

 バーズが胸前で拳を打ち合わせる。

 轟音が鳴り響いた。

 すると、バーズの体から魔素が溢れる。光の粒子となって空気中に舞ったそれらが、空中で四つの塊となって集合していく。

 魔素の動きに、魔剣(レイン)が共鳴する。

 タガネが愁眉を険しくさせた。

「とっておき、見せてやる」

「そうかい」

「本気にさせたこと、後悔させてやる」

 魔素の流動が止まる。

 バーズの背後の虚空。

 そこに魔素で生成された四つの拳が浮かぶ。

 辺りを照らす光量を発する。

「面妖だな」

「これが俺の『拳撃無双(けんげきむそう)』だ」

 タガネが視線を走らせる。

 四つの拳。

 あれらは、間違いなくバーズの意思で自在に動作する。魔素で構成された物体なので、普通の物理的手段では防げない。

 対象を殴打し破壊する魔力。

 云わば。

 これは『人を殴る魔法』。

 タガネが苦笑した。

 仮に、これらの動作速度がバーズ本体と同等ならば……。

 そう考えると、もはや必中不可避である。

 体の内外。

 それを粗挽(あらび)きの肉にされるだろう。

 いまだ魔剣は震えていた。

「行くぜ、剣鬼!」

 拳聖の宣言とともに。

 一斉に魔法の拳が発射された。






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