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屋敷前で剛拳が唸りを上げる。
突風が吹き荒れた。
バーズの一動作に空気が震動する。
タガネ達はそれに翻弄され、地面の上をもんどり返った。回避しても遅れて吹く風圧に弾き飛ばされる。
タガネとクレス。
屋敷までの距離は十数歩ほどなのに。
たった一人、バーズが立ちはだかるだけで果てしなく感じる。
帝国最強の一角が牙を剥いていた。
この壁を突破するのは至難である。
バーズが前に踏み込んだ。
その爪先で石畳が粉砕される。
小さく吐いた呼気。
それを合図に、彼の引き絞られた凶器が発射される。
クレスの顔面に拳固が迫った。
凶悪無比な拳打。
タガネがその横合いからバーズの手首を剣の柄で叩いて逸らす。
クレスのこめかみを轟風が過ぎていく。
頬に薄く朱の線が浮かんだ。
タガネが背中で押してクレスを下げる。
バーズを剣をふるって牽制しつつ。
数歩分だけ後退した。
「クレス」
「何だ」
「バーズは俺が面倒を見る」
タガネが前へ摺り足で出る。
クレスは屋敷を振り仰ぐ。
「先に行けと?」
「先にリクルを」
「それは可能だが……」
クレスは拳聖に視線を移した。
影魔法の移動。
それなら容易にここをすり抜けられる。
リクルを捕らえられる。作戦としては最善とも言えた。
ただし。
作戦の完遂されるまでタガネが生きている保証が無い。
昼間の戦闘でも際どかった。
マリアが身を案じた彼の生死。
この危地を一人で脱して良いか悩まされる。
タガネが剣を軽く横へ振る。
「安心しな。最悪は逃げる」
「……では、リクルを捕らえたら」
「所定の地点で合流だ」
クレスが影の中に潜る。
同時に。
タガネが地面を蹴った。
腰を落として、バーズが迎撃の態勢を取る。
拳撃の間合いに飛び込む。
バーズの頭めがけ一刀を放った。
鼻先に奔る凶刃の光。
バーズは、わずかに上体を引いて避ける。紙一重で鼻の頭を鋭い風が撫でた。
最小の動作で必要な結果を出す。
獰猛な戦士でありながら伶悧な神経。バーズの戦闘の勘は冴え渡っていた。
灰色の瞳が剣先を見る。
僅かな血も付いていない。
正面のタガネからは、バーズが動いたようには見えなかった。美事な体捌きで刃圏を幻惑された気分だった。
思わず歯噛みする。
「ちっ」
「はい次ィ!」
バーズが再び動く。
一歩前進して、回し蹴りを繰り出した。爪先が凶悪な破壊力を帯びて襲いかかる。
その前に。
タガネは膝の僅かな挙動で攻撃を予知した。
剣を振った勢いに身を委ねる。
体を後ろを向くように巡らせつつ、腰を折って屈む。数瞬まで頭のあった位置を、凶悪な風が薙ぎ払った。
回りながら剣を逆手に持ち変える。
バーズに対して背中が向いた。
その瞬間に、剣を後ろへ突き放つ。
腹部に一直線で凶刃が肉薄する。
「甘いぜ!」
バーズがその剣先を目で捉え。
人並み外れた反射速度で挟み取ろうと手を伸ばした。
昼の戦闘でも、タガネの剣は掴める。
その自信が付いていた。
絶対の自負をもって実行する。
すると。
タガネの口許に笑みが浮かぶ。
「こっちの台詞だね」
「はっ!?」
タガネが剣を握る手元を。
ひねった。
縦に立てられていた刃先が傾く。
バーズの予測した角度を逸して突き込まれた。
両者の間で鮮紅が散る。
バーズが足を引き戻し。
タガネは前に向いて構え直した。
二人は呼吸を整える。
「…………」
「やりやがったな」
バーズが憎々しげに呟く。
その手元から血が流れた。
人差し指と中指の間から手首にかけて、深い傷が刻まれている。指先から滴る血は、一条の線に近い勢いだった。
同じように。
タガネの剣先も赤く染まっている。
「技はよくても傲慢」
「ああ?」
「実力に胡座を掻く」
「……てめぇ」
「それが、拳聖だ」
昼では白刃取りで止められた。
同じことで攻撃を阻止される可能性がある。
その対策を講じたまで。
にもかかわらず。
相手が同じことを繰り返すと高をくくっていたバーズに呆れた。
タガネが嘲笑を顔に作る。
バーズの顔が怒気で真っ赤に染まった。
その胸裏が羞恥で沸騰する。
「俺のこと、舐めてんだろ?」
「まあ、失望はしたな」
「なら、強制的に訂正させてやるよ」
バーズが胸前で拳を打ち合わせる。
轟音が鳴り響いた。
すると、バーズの体から魔素が溢れる。光の粒子となって空気中に舞ったそれらが、空中で四つの塊となって集合していく。
魔素の動きに、魔剣が共鳴する。
タガネが愁眉を険しくさせた。
「とっておき、見せてやる」
「そうかい」
「本気にさせたこと、後悔させてやる」
魔素の流動が止まる。
バーズの背後の虚空。
そこに魔素で生成された四つの拳が浮かぶ。
辺りを照らす光量を発する。
「面妖だな」
「これが俺の『拳撃無双』だ」
タガネが視線を走らせる。
四つの拳。
あれらは、間違いなくバーズの意思で自在に動作する。魔素で構成された物体なので、普通の物理的手段では防げない。
対象を殴打し破壊する魔力。
云わば。
これは『人を殴る魔法』。
タガネが苦笑した。
仮に、これらの動作速度がバーズ本体と同等ならば……。
そう考えると、もはや必中不可避である。
体の内外。
それを粗挽きの肉にされるだろう。
いまだ魔剣は震えていた。
「行くぜ、剣鬼!」
拳聖の宣言とともに。
一斉に魔法の拳が発射された。




