小話「精霊争奪戦(三部)」
ベルソートの提案を了承した。
ダウルは最後まで難色を示したが、もはやチゼルの中ではダウルを如何にして説得するかしか思考が巡っておらず、その勢いに根負けした結果である。
もっとも。
チゼルは魔剣の使い手。
剣爵にとって至高の祖先たる剣聖の愛剣に認められた者だからこそ、懐に迎え入れたいのだ。
デナテノルズ討伐の功績もある。
もう彼女が生きていくには、独りというのが厳しくなりつつある立場だった。いずれは彼女を抑えに、邪な勢力も現れる。
身辺の安全。
それを優先するなら提案は最善となる。
ダウルとしても。
非常に惜しくもやむを得なかった。
翌朝にはレギュームへ経つ。
その旅籠で二人は同室にいた。
「別室にしないか」
「安いからこれで」
「しかし」
「レギュームまでの経費を考えると限々だし」
「くっ…………」
平然とチゼルは返答する。
たしかに。
ここは大陸北東部に位置していた。南西の海峡に浮かぶレギューム島までは、どうあっても距離を要する。道や路銀の残余を勘案すれば、同室という判断が正しい。
恨むべきはベルソート。
レギュームへの招待を提案しながら、移動経費などの面倒は一切見てくれない。
いや。
彼なりの気遣いかもしれなかった。
ダウルは、ちらとチゼルを見る。
彼女と共にいられる時間も少ない。
二人だけの旅を楽しむ最後の期間なのだ。ベルソートの無粋な介入があっても後悔が残る。
ベルソートの一言。
心を見透かされたことが悔しかった。
ダウルは我知らず拳を握る。
「チゼル」
「うん?」
「レギューム島について、まず何がしたい?」
「何が……ううん」
チゼルは小首を傾げる。
「飯が食べたい」
「他には」
「気ままに寝たい」
「ほ、他には」
「…………」
チゼルが窓の外を見遣る。
夜景を眺めて微かに微笑んだ。
「案外、旅も好きだった」
「…………」
「今になって、そう思える」
「なら、レギューム行きは中断するか」
チゼルは首を横に振る。
「一度請けた話だ」
「ああ」
「相手が相手だし、無しには出来んだろ。あの老人がボクに何をしに来るかも分からないし」
「……たしかに」
ベルソート。
ダウルでさえ初対面でも理解している。
チゼルへと向ける強い執着心を垣間見た。
これまでの彼女を手篭めにせんとした者とは異質な、彼女を通じて別の何かを見つめている。かつてない異色の執着に、本人は気付いていた。
チゼルは警戒心においては誰よりも強い。
大概の害悪の気配は察知する。
ただ……。
「チゼル」
「うん?」
「新天地では、男に気をつけろ」
「男も女も危険なもんは危険だろ」
「男は危険だ」
「ダウルも?」
「私は…………き、危険ではない」
「ん?」
チゼルはきょとんとする。
「なんだい、今の間は?」
「何でもない!」




