小話「魔除の殻」⑵
遂に検問に辿り着いて。
だが待機時間に比して審問はたった数分。
内容もまた簡潔だった。
自身が潔白といえど、いささか警戒意識が薄いのではとヨンは心配すら抱く。後ろの二人組も、特段変わったことはなく入国許可を得た。
検問を越えて二人で入る。
街道を辿って進んだ。
ここから一刻ほどで中心都市に着く。
――いよいよだ。
「楽しみですね」
ヨンは心做しか声が弾んでいた。
その機微に気づいてミストは微笑む。
変わらず険相のタガネは、注意深く周囲を見渡していた。警戒――ではなく、その瞳には疑念が色濃く渦巻いている。
改めて二人組の風采を眺めた。
一方はたおやかな女性。
鳶色の長髪と、眼鏡の奥で慈母めいた優しい雰囲気のある眼差しを向ける蒼い瞳。紫のローブの裾の下で、長靴の爪先を淀みなく進ませる。
小柄なその背丈を上回る長杖。
一目で魔法使いとは察知できるが、あどけなさのある顔立ちともあって年齢については、少し推し量ることをしなければ見誤るほど若い。
対して。
隣は長身の男性だった。
風に揺れる稀有な銀の頭髪。
端正な顔立ちも、だが鋭い灰銀の眼光によって好感よりも恐怖が優る。着古した黒コートの長裾、その腰元で鞘から覗く奇怪な拵えの剣がぎらりと光った。
まるで全身が抜身の剣な印象を受ける。
体格といい、雰囲気といい。
明らかに対照的な二人であった。
「お二人はいつから交際を?」
「つい最近からですよ」
「知り合ったのは?」
「そうですね……十年以上前、ですね」
ミストが目配せする。
銀の瞳が一瞥で応えた。
「要塞を陥した戦のときだな」
「は、はあ」
ヨンはタガネを見る。
いま思えば。
ミストの荷物が明らかに少ないのは、隣にいる彼がそれら全てを担っているからだ。片手の紐で吊っているとはいえ、一人分にしては少し多い。
妻への気遣いが見て取れた。
ヨンは感心してうなずく。
「結婚への切っ掛けは?」
「もし」
「あ、ちょ」
タガネが脇道へ逸れる。
路傍を進む馬車の商人へ歩み寄った。
質問を遮られてヨンは膨れっ面になる。
恨みがましい視線も意に介さず、タガネは商人のそばへ。
「ちと訊ねたいんだが」
「んん?」
「ここらは魔獣も寄らんって噂だが、おまえさんは知ってるかい?」
「ああ、『戦神』様の力さ」
「戦神様」
商人が先を指差した。
「この先に都市があるのはわかるな?」
「ああ」
「そこに祠があるんだが、昔ここいらで戦っていた立派な戦士がいるんだとさ。強すぎる肉体が、死後も腐らずに残っていて……どうやら、そのお蔭か胎窟からも魔獣が寄らなくなったとか」
「祠、か」
「ただ」
「うん?」
「どこにあるかは分からない」
「…………」
「ただ、あるってことだけは街が宣伝してる。神聖だからお目にかかるのはご法度らしい」
「そうかい」
タガネは颯爽と二人の下へ戻る。
質問料を請求する商人を黙殺した。
「何を訊いたんですか」
「教える義理は無いね」
「…………」
ヨンは視線をミストへ移した。
「旦那さん、意地悪すぎます」
「可愛いでしょ」
「えー……」
ヨンがじろ、と見る。
タガネは気にも留めず先を見つめていた。
ふと、彼の腰元で剣が震えているのを認める。
かたかたと。
音を立てて揺れていた。
それが何故か、不吉に思えて仕方がなかった。




