表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
幕間
493/1102

小話「死神の進軍」⑪



 レインが光の柱へ向かう最中。

 激しい鍔迫り合いとなる。

「それが聖剣アンサラー」

「…………」

「後代の勇者の剣だな」

「貰い物だがね」

 ザグドが深く一歩踏み込む。

 タガネの体がその分だけ後ろへ移動した。

 草木の生命を吸収し、巨剣と化した得物はじりじりと聖剣を押し返す。剣身は未だ成長の勢いが衰えることはない。

 タガネは背後を顧みた。

 光の柱は、まだ消失していない。

 推測では光の柱こそ戦士たちの原動力であり、破壊すればこの平原の戦況も一気に傾く。ザグド一人であれば、あとはいつかの状況に運ぶことができる。

 ザグドが巨剣を振り上げた。

 タガネは体ごと後ろへ弾ける。

 素早くそれを紫光の迸る剣尖が追う。聖剣で打ち払おうとして、逆に威力の差によってタガネの手が痺れる。

 ザグドがそれを目敏く看取する。

 今ならば受けても防げない!

 巨剣が振り上げられる。

 タガネは舌打ちして。

 全身に銀光の魔力をまとった。

 聖剣を下段から一振りする。

 黄金の剣閃がザグドの足下を駆け抜けた。巨剣と激突して衝撃波が爆裂し、軌道が逸れてタガネの隣の地面を断ち割る。

 いったん互いに距離を置いた。

「この剣の名は『バロール』」

「…………」

「我が祖先の話によれば、異界の数ある神話の中で敵を滅する眼を有した悪魔の名らしい。貴様のアンサラーは、異称がフラガラッハといってな……バロールを打ち破った英雄の数ある武具の一つである剣の名だそうだ」

「ずいぶん信心深い祖先だ」

「ああ。そして――」

 巨剣の瞳が血涙を流した。

「ここで神話を覆す」

「そりゃ大層な目標なこって」

「終わりにしよう!」

 二人は駆け出した。

 神々しさと禍々しさ。

 両極の相克が始まり、光の柱の輝きすら圧倒して周囲を照らす。

 タガネは膂力の差を技で補う。

 ザグドはひたすらに攻めた。

 速度は互角。

 地殻を砕く一撃と、それをいなす技が繰り出されていくと、二人ではなく立っている大地が傷を負っていく。巨剣の破壊力は、重量とザグドによって発揮される速度で織りなされて完成する。技で威力を削り、流しても地殻を粉砕するほどだった。

 いくら巨大化しても。

 ザグドの攻撃速度は変わらない。

 威力だけが増していく。

 タガネもいなしきれる範疇を出ようとしていた。

 成長速度も明らかに上昇している。

 その原因。

 魔剣レインが吸収して抑えていた。

 彼女が離れてから巨剣は本領を発揮している。

 距離を取るのも困難。

 タガネは追い詰められつつあった。

「どうした剣聖」

「ッ……!」

「死神の剣は軽くは無いぞ!」

「見りゃ分かるっての」

 苦しげに。

 巨剣を捌きつつ返事をした。

 まだ言葉を交わせる余裕はある。

 ザグドは巨剣に込める魔力を強化した。二人の周囲が蒸気を立てて死滅していく。

 巨剣がさらに巨大化する。

 タガネへの負荷も一気に高まった。

 ごおん、と。

 重々しく鈍い鋼の音が鳴る。

 聖剣ごと体が後ろへ跳ね返った。

「殺ったり!」

「疾ッ!」

 仰向けに飛ぶ体。

 頭上から巨剣が落下してくる。

 タガネは聖剣を地面に立てた。

 それを軸に体を支えつつ、腕を発条にして飛んだ。聖剣をその場に取り残して、横へと回避した。

 巨剣が大地を穿つ。

 タガネは着地してザグドへ駆けた。

「素手で私に挑むか」

「ふん」

「剣聖が剣を失って勝てるとでも」

「勘違いしてるな?」

 タガネの体が加速する。

 幽かな銀の残光を残して消えた。

 ザグドが視界から消えた――と感じた瞬間には懐に潜り込んでおり、脇腹へとその銀の魔力を宿した拳が突き刺さる。

 脳天を衝くような激痛が奔った。

 ザグドが顔を歪めて怯む。

 タガネは続けざまに振り上げた足でその顔面に回し蹴りを叩き込んだ。ザグドは即座に上げた片腕で防御するも、身体強化を施した威力までは殺しきれずに吹き飛ぶ。

 巨剣から手が離れた。

「なに!?」

「一つ訂正しておく」

「…………」

「ガキんときから生きる為に戦う術を学んだ……傭兵にも荒くれはいるんでな、舐められて諍うことはよくあった。剣が達者だったってなだけで、何も拳での喧嘩も心得てねえ道理にゃならんだろ」

「………ふ」

「可笑しいかい」

「ああ」

 ザグドが手を掲げる。

 地面に突き立っていた巨剣の瞳がタガネを捉えた。

「『バロールの眼光』」

「うおッ!?」

 赤光が大地を薙ぎ払う。

 飛び退いたタガネの前方が炎に焦がされ――一瞬の後に爆風と熱波が拡散した。土砂とともにタガネが吹き飛ぶ。

 地面に転がって倒れる。

「げほっ、げほっ」

「まだだ」

 巨剣が瞬きをして。

 その虹彩が四つに増えた。

 四条の光線が放出される。

 タガネはそれらを躱した。

「おっかないねぇ」

 大剣の周りを迂回するように走って聖剣を拾った。

 顔の横で剣身を水平に構える。

 柄元から剣尖まで魔力を帯びた。

 ザグドが巨剣を持ち上げる。

 彼は大上段に振り掲げた。

 一瞬の沈黙。

 二人の耳からは、相手の吐く呼吸音を残してすべて排除されていく。静まり返った二人の世界を剣の輝きが照らす。

 そして。

「行くぞ!!」

 ザグドの言葉。

 それを合図に深く一歩踏み込みを決めた。

 一瞬速く大剣が振り下ろされる。

 タガネは動かない。

 何か手があると読んで、だがザグドは手元を止めなかった。相手に一切すら許さずに叩き潰す気勢で渾身を放つ。

 そして。

 タガネの相に鬼の笑みが宿った。

「神話を覆すとか言ったか」

「なにを――」

 遅れてタガネが一歩前へ。

 聖剣の刺突が繰り出された。

 一点に集中した魔力は緻密に束ねられ、先端はどこまでも鋭く研がれる。

 大剣へと疾走し。

 タガネに達するはずだった歪な剣身の切っ先を破壊した。

 衝撃で破損した巨剣が跳ね返される。

 そのとき。

 巨剣の大きさが縮小した。

 さらにタガネは前へと踏み出す。

 そのまま黄金の斬撃を放った。

「くっ!?」

 大剣で受け止める。

 魔眼が斬られ、剣身の口が悲鳴を上げた。

 同時に、ザグドの体も脱力する。

 その場に膝を屈して項垂れた。

「くはっ……」

「その剣あっての『加護』かい」

「正しくは……違う……!」

「うん?」

「この『加護』は、ユルヌの民の誰かに一人が発現する。そして、その命とすべての魔力を死神魔法で依代となる物体に注ぎ込むことで形を変えつつ、完成させる。

 ……これは、先祖の骨肉から成した剣だ」

「……『胎窟』みたいなもんかい」

 魔眼が潰れた瞬間。

 大剣は色を失って崩れ落ちた。

 破片となって足下に散乱する。

 タガネは頭上を振り仰ぐ。

 レインが完全な吸収を終えて静観していた。

「終わったかい?」

「ん」

「ご苦労さん。――おいで」

 タガネが手を差し出す。

 魔剣の姿となって、その手中に収まった。

 切っ先をザグドへ差し向ける。

「終わりだ」

「……ふふ、まだだ」

「なに?」

 ザグドの満身が紫光をまとう。

 その肉体が怪音を立てて変形した。次第に、その輪郭がある物へと近づくことにタガネは唖然とする。

 ザグドは――新たな大剣となった。

 刃元で魔眼が見開かれる。

『私は……ここまで。貴様の妻は約束通り……返す』

「ご丁寧にどうも」

『だが、我が子が……我が子孫が、必ず悲願を……』

「なっ、子がいるのかい!?」

 タガネが大剣に詰め寄る。

 魔眼はだんだんと瞼が閉じていく。

『必ず、平和(きさまら)を……』

「待ちな!」

 タガネは必死に呼び止める。

 大剣から小さな光の球が浮上し、西の空へと飛んでいく。

 魔剣が小さく震えた。

『紫のぴかぴか、消えた』

「……そうかい」

『どうする?』

「これでマリアの魂が戻として」

 タガネは周囲を見た。

 まだ戦士たちは消えていない。

 ただ、要である光の柱を失った影響は次第に現れるはずである。今は供給された魔力の残余で生き残っているに過ぎない。

 黒幕は討ち果たした。

 タガネは嘆息する。

「加勢するかね」

『ん』

「もうちと付き合ってくれな」

 大剣(ザグド)をその場に残してタガネは助太刀に向かった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ