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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
幕間
488/1102

小話「死神の進軍」⑦



 マリアは屋敷で眠っていた。

 寝台の傍らでタガネは椅子に座る。

 上掛けから出た彼女の手を握り、その寝顔を見つめた。脈は正常に機能しており、特に外観からわかる異常は無い。

 だが。

 触れたことで理解した。

 決定的な何かが欠落してしまっている。

 タガネは歯軋りする。

 隣ではレインが困惑していた。

「マリア、寝てる?」

「ちと体を壊したみてえだ」

「……誰の所為?」

「目星はついてる」

 レインが魔剣へと姿を変える。

 タガネは黒コートの袖を通す。

 魔剣を鞘に納めて腰に佩いた。

 寝室へと侍女長ナハトとセインが入る。

 部屋を息苦しくさせるほどの強烈な怒りを放っていた。銀の眼差しが鋭くなり、かつて鬼と呼ばれた状態へと回帰していく。

 緊張に喉が乾く。

 ごくり、と唾を呑む音が大きく鳴った。

 ナハトは平静を装って歩み寄る。

「マリア様は?」

「魂を盗られてる」

「魂」

 タガネは首肯した。

 昼のマリア襲撃は一人による犯行である。

 レギュームへ侵入した死神の異名で呼ばれるザグドが、彼女の魂を奪い去って逃走した。現場には紙片に書き置きをしており、その宛先は言わずもがなタガネである。

 簡潔な内容だった。

『伴侶の魂は頂いた。――返して欲しくば再決戦をしよう』

 つまりは――果し状。

 タガネは望むところと意気込んでいた。

 すでに抑えられない殺気が滲む。

「場所や、日取りは?」

「ヤツの本願はレギュームの滅亡だ」

「では、なぜあなたを?」

 タガネが失笑する。

「本来、ヤツらは昔に俺の現状を望んでいた。レギュームと剣聖、この二つを侵すことが至上なんだろうよ」

「……どうしますか」

「近衛団はマリアたちを頼む」

「ここも狙われますよね」

「セインも屋敷に隠れておいてくれな」

 レギューム島に属する浮遊島。

 ここも危険には変わりない。

 剣聖近衛団の実力なら、幸い並大抵の軍では滅ぼせない。十二年も経って、未だ団員たちは実力を上げている。

 要塞のごとき堅固な守りだ。

 何よりも信頼できる。

「聖剣は社にあります」

 タガネはうなずいて。

 そっと再びマリアの手を握った。

「おまえさんの(けん)は曇らせない」

 コートの裾を翻して部屋を出る。

 物々しい彼の背中に、使用人たちが緊張で立ちすくむ。

 その途中で。

 アヤメとマヤが彼の前に立った。

「父上」

「マリアの傍にいてやってくれな」

「……はい」

 小さな頭の上に手を置く。

 颯爽とその隣を過ぎて行った。

 屋敷を出て社の前に佇む聖剣を地面から引き抜き、用意した鞘に納めて背中に帯びる。

 相手は強力。

 全力を惜しんでは仕留め遂せない獲物だ。

 タガネは細く息を吐く。

「さて、決着(ケリ)をつけようかね」

 夜空の下で鬼が笑った。


 夜明け前の騎士学校。

 ライアスは学校周辺を歩き回っている。

 片手には剣を提げていた。すでに抜身の状態であり、月光に鋼が妖しく濡れ光る。

 その視線は月下の校庭を見回した。

 隈なく探すことしばし。

 遂に探していた物を捉えた。

 校庭の東に広がる平原。

 そこで一人の男が佇んでいた。

 拳一つほどの微光する紺碧の火球を掌上に持って眺めている。

 ライアスは足を止めた。

 紫の瞳が振り返る。

「また君か、ライアス」

「剣の修行だ」

「すまないが、今は相手ができ……ほう、真剣を持ってどうかしたのかね」

「アンタと試合がしたい」

「殺し合うつもりか」

 ライアスは顔を伏せた。

 ぎり、と柄を軋ませるほど手に力がこもる。

「ミラに追いつきたい」

「…………」

「その為に、もっと強くならないといけない」

「愚かな」

「実戦に優る経験は無いだろ」

「愚昧極まる……が、嫌いじゃない」

 男は大剣を振り掲げた。

 歪な剣先は、紫色になって月光を照り返す。

 試合の希望が受理されたと見て。

 ライアスもまた低く腰を落として剣を構える。

 暗紫色の怪剣。

 あれは、魔兵器に相当する代物である。

 素人の目でも初見で判った。

「これまで幾度か面倒を見た誼だ」

「…………」

「殺しはしない。いや……腑抜けなら斬るまでだ、いつでも来なさい」

「おおッ――!」

 ライアスは剣を上段に構えて走る。

 大剣の間合いに入った瞬間。

 頭上から唸りを上げて凶刃が迫った。

 予測していた攻撃に、ライアスは間合いに入っる直前で横へと飛びながら、大剣の側面から打って払う。

 どごん。

 鈍い音を立てて地面が裂ける。

 ライアスの手元が痺れた。

 それが戦慄となって全身へと伝播する。

 尋常な受け太刀では、確実に押しつぶされる。重量もさることながら、男の膂力はそれを片手で扱ってこの威力だった。

 ライアスは果敢に前へ踏み込む。

 振り終えた男の隣を過ぎて。

「はあッ!」

 胴を一閃する――直前で蹴りが腹部に入る。

 ライアスは地面を転がった。

 勢いが止んで、すぐ体勢を立て直す。

 突き放してすぐ、男は翻身して駆け出した。

 大剣で地面を抉りながら疾駆し、土砂もろとも巻き上げてライアスへと振り上げる。

 網膜を焦がすほど盛大な火花が散る。

 構えた剣ごとライアスの体が跳ね上がった。

 衝撃が腕全体を強張らせる。

 仰け反った体勢が戻らない。

 その隙に。

 男が大剣の切っ先を無防備な喉へとかざした。

 両者は動きを止める。

「終わりだ」

「……殺すか、おっさん?」

「いいや」

 男は大剣を剣帯に装着する。

 首を横に振って微笑んだ。

「我が剣に怯まず正面から挑んだ」

「…………」

「それに、あと胴への狙い澄ました一撃は私でなければ躱せなかった」

「ほ、ほんとか!?」

「その胆力と技に免じて命は獲らない」

 男の手が肩に置かれる。

「良き戦士となるだろう」

「よっしゃ」

「日中、君とミラの剣を遠くに見ることがあった」

「え……」

「ミラは確かに天才だ。だが、君ほどの丹念な修練で研がれた剣ほど用心深く無く、頻りに油断などで幾度も逸機を作る節がある」

「…………」

「君はミラよりも強いと私は思う」

 男は西の空を見上げた。

 その紫の瞳が細められる。

 ミラと比した称賛に歓喜したライアスは、剣を握って男を見つめた。

「なら、もう一度」

「いや、速やかにここを離れるが良い」

「え?」

「私にも約束があってな。ここが戦場になる……君は早く立ち去れ」

 男のまとう空気が変質する。

 ライアスは呼吸ができないほどの重圧を感じた。

 西の空を見る瞳。

 その奥に獰猛な殺意が滾っている。

 ライアスは、渋々とその場から走り去った。

 男はそれを見送る。

「やはり、ミラか(・・・)……?」

 大剣をふたたび引き抜く。

 後ろから、曙光が差した。

 自身の影が伸びていく先へと、剣尖を向ける。

「ともあれ、もはや猶予は――無い」





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