小話「死神の進軍」①
剣聖誕生から十二年。
世界中で暗躍し、戦争を激化させていた魔神教団の壊滅の他にも、三大魔獣の討伐を果たした英雄の威光により、各地で教団に利用されていた国々が互いの戦傷を癒やすための活動に重きを置く傾向が生まれていた。
少しずつ、新たな時代が始まろうとしている。
その最中。
この安寧を快く思わない者たちがいた。
レギューム騎士学校。
それは平和の象徴たる街で営まれる騎士育成のための機関である。各地から志願しに訪れた者を拒まずに受け容れ、一人ずつに騎士道を説く。
学校を統括するのは剣聖姫。
その威名もあって、志願者は多かった。
まだ建設から月日も経たないが、その評判は大陸や外洋にも広く膾炙している。
それが平和の象徴の一つでもあった。
今日もきょうとて。
騎士になるべく励む者の声で満ちている。
六つある校舎。
その内、大食堂を擁する第一校舎へと二人の生徒と一人の男が足を運んでいた。
生徒たちはため息をこぼす。
折れた木剣を片手にうなだれた。
姿勢や足運びから、誰の目にも倦怠感が窺い知れる。
過酷な訓練で体が悲鳴を上げた。
もはや指先を動かすのも億劫である。
だが。
驚くことに今はまだ早朝なのだ。
騎士学校の講義もこれからあるのであって、その中には当然だが、実戦訓練なども含まれている。
だが、もう一日を生き抜く力すら無い。
疲労の色を深くにじませた顔で、二人は背後を振り返った。
疲労の原因。
過酷な訓練をつけた張本人が歩く。
男は涼しげな面持ちで二人を見る。
「なんだい」
「キツ過ぎる」
「先生ってば鬼畜ー」
「うるせえ」
男は不平声たちに嘲笑で応える。
労る素振りは一切無い。
少年生徒のライアスと、少女生徒ミラががくりと肩を落とす。
この男とは、数月に及ぶ師弟関係。
とある事件からの縁で、彼から稽古をつけて貰っていた。騎士学校で開催される剣術大会でも、その成果があって二人は首位を争うほどに成長したのである。
もっとも。
裏で過酷を極めたのは言わずもがな。
「そういや先生」
「うん?」
「また仕事が入ったんじゃないのかよ」
「ああ」
先生と呼ばれる男は肩を竦める。
男の仕事は、余人には受けられないもの。
人知れず世界の不和を齎す悪因子の処理を主としており、本来ならば国家規模で行われることである。
それを一手に担っていた。
男の正体を知れば、誰もが適任と納得する。
「またいつ旅に?」
「それが、ちと様相がな……」
「え?」
ふと。
男は足を止めて後ろを振り返った。
訝って生徒二人は彼を見る。
「来やがったな」
「え?」
「悪い、用ができた」
それだけ告げて。
男は来た道を駆け去った。
ライアスは小首を傾げる。
「いやに深刻そうな顔だったな」
「なにかあるのかなー?」
「あっても俺たちじゃ手に負えねえって」
「ふーん」
ミラが退屈そうに半目で虚空を睨む。
「そういえば聞いた?」
「何を」
「最近、大陸を騒がせてる犯罪国家のこと」
「犯罪……国家?」
ライアスが片眉をつり上げた。
犯罪。
それを背負えば世を生きにくくなる。
世界に普遍的な規範に添わず、属する集団などで罪科を背負ってしまった者が犯罪者と称呼される。本来なら罰せられる上に、免れようと何処へ行っても息苦しくなるのが常だ。
だが。
犯罪者国家という不穏な一語。
それは、ライアスにも理解不能だった。
「犯罪国家って」
「世界規約に則らない国のこーと」
「そんなのがあるのか」
「滅多にないよー?」
ミラが唇に指を当てて笑う。
「二百年前から現れたらしいんだー」
「へえ、何したんだ」
「レギュームへの攻撃」
「……それは、大胆だな」
レギュームは世界の中心。
絶対不可侵とされる土地である。
ここへの攻撃は、すなわち世界への反逆であり、各国が遵守している最低限の侵害を意味するので、世界中を敵に回す行為だ。
過去に前例はない。
ライアスは歴史の講義でそう習った。
「その国、どんなとこなんだ?」
「噂だとねー」
「噂だと?」
ミラが顔を曇らせる。
彼女にしては珍しい表情だった。
「死者を操る、死神の国だって」
「死者を操るヤツなんているのか」
「噂だけどねー」
「ん?」
ライアスは前方の路地で倒れる人影を見つけた。
二人で慌てて駆け寄る。
暗紫色の長髪をした黒衣の男性だった。
背中に異形の大剣を背負っている。
二人で顔を見合わせた。
「誰だろ」
「このレギュームで行き倒れは無いよねー?」
「どうする……」
しばらく沈黙して。
ライアスは仕方無しと嘆息する。
「とりあえず医務室に運ぶか」
「だねー」
二人で男の体を持ち上げる。
そのとき、微かに男性が呻いた。
路地から体が浮いた拍子に、血が滴り落ちる。
「げっ、怪我してるぞ!」
「応急処置だけでも済まそう」
ミラたちは一旦男性を地面に下ろす。
その体を調べれば、腹部に深い傷があった。
致命傷ではないが、出血が多い。
ミラは自身の服を裂いた布切れで、傷口を固く縛り上げる。簡易的な止血処理をして、ライアスが再び担ぎ上げた。
「少しの間、辛抱してくれ」
慎重に。
けれど急いで、ライアスは男性を校舎へと運んだ。




