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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
幕間
478/1102

小話「意思を打つ」中



 その子供はタガネといった。

 この辺境で商館を建てるほどの栄えた商人の家の子らしく、母親は病床に臥せっており、つい先日に亡くなったのである。

 タガネがいるのは、彼女の墓標の前。

 最近作られた墓石である。

 立派に名も刻んであった。

 名は――『ヨゾラ』、東方の音で読む。

 銀の瞳は、しごく興味の無い顔で少年を見るだけで、基本的には墓を見つめるだけで自身から動くことは一切しない。

 ただ少年といるとき。

 不思議と石の声は聞こえなかった。

 名前だけを交換して、ただ時間が流れるまま静かに墓所で過ごす。タガネは黙って墓石を眺めるだけである。

 少年もその隣に座るだけだった。

 それから日が暮れて。

 家に帰るとやや騒がしかった。

 その原因は父と兄だった。

「親父の造形は古すぎる!」

「これで成功きたんだぞ!」

「俺には合わない」

「なんだと、おまえは――」

 言い争う二人を前に。

 母は止めるか逡巡している。

 その日、結局二人の喧嘩は終止符が打たれず、そのまま解散となった。ぽつりと晩に父が少年に継がせるかと呟いているのを聞いて、あの石の声を間近で聞き付ける地獄を想像した少年は身震いする。

 その夜に彫刻に必要な道具の説明を受けた。

 酒の勢いであるとしても、少年は辟易した。

 翌朝。

 逃げるように家を出た。

 墓所に逃げ込めば、タガネはいない。

 外では子供の遊ぶ声がする。

 気晴らしに参加するかと足を動かしたところで、墓所に入る小さな影が見えた。目も醒めるような銀髪と中性的な顔立ちに思わず立ち止まる。

 あの顔を見ただけで。

 まるで非日常の中にいるようだった。

 銀の瞳がふと少年を見咎める。

「またいる」

「お、おう」

「誰かの墓参り?」

「いや、違うけど」

「なにしに来てるの」

「ただ家にいたくなくてさ」

「そう」

 タガネは手に花束を抱いていた。

 それは、街近くの丘で採れる花ばかり。

「タガネは、毎日?」

「うん」

「母さんのこと大好きなのか」

「俺の家族、母さんだけだし」

「…………?」

 タガネはそう応えるだけだった。

「タガネも東方出身?」

「なんで」

「母さんの名前がそうじゃん」

「……母さんが東方出身なだけ」

「なるほど。て、ことはタガネって名前も?」

「石削りの道具の名前らしい」

「へ、へえ……」

 石削り、と聞いて。

 少年の心臓がどきり、と跳ねた。

「家で心配する人はいないのか?」

「父さんはいるけど」

「いるけど?」

「あの人は母さんが好きなだけで」

 その先はタガネも言わなかった。

 それからも墓所に通い続けた。

 何日も。

 何日も。

 その度に、一人のタガネを見る。

 彼は本当に、独りだった。

 幾度も顔合わせはしたが、友達になろうという勇気もない。タガネから好意的に接してもらっこともなく、たまに振り返るだけ。

 それだけの関係だった。


 ある日。

 父と母は少年を連れて、遠くの王都へ仕事があると嘯いた。その間、兄に留守を任せることにしたのである。

 訝りながらも承った兄の不審顔。

 少年は墓所にいるタガネに挨拶だけしにいった。

 変わらずに独り、墓石に向き合う。

 少年はその背中に声をかけた。

「よう」

「……なに?」

「これから家の用事で王都に行くんだ」

「あっそ」

「もしよかったら、一緒に来るか?」

「…………」

 タガネが小首を傾げる。

「家にいるのが嫌なんだろ。それに、出発まであと一刻はあるから、荷物準備して……黙って行っても文句は言わないだろ」

 そう言うと。

 タガネは首を横に振った。

「母さんが寂しがる」

「そ……うだよな」

 少年は苦笑した。

「それなら何か土産買ってくるよ」

「土産」

「甘いお菓子とか」

 しばらくタガネは黙った。

 それから、小さくうなずく。

 少年はそれだけ満足して、手を振りながら去った。

 王都に行ってお菓子を買う。

 その任務ができた。

 タガネの喜ぶ顔を想像して馬車に乗り込んだ。王都に着いて、お菓子を買うときも、あの無表情が変わる瞬間だけを想像した。

 そして。

 次に会うときは友達になろう。

 そんな決意を胸に抱いた。


 だが、現実はそれを許さなかった。


「うそだ」


 帰ってきて、絶望した。

 タガネはいなくなっていたのだ。

 否、タガネだけではない。

 街から多くの子供が消えていた。

 血に塗れた街の景観に、ただただ唖然とする。家に帰れば、兄らしき肉片も目撃した。

 大人に話を聞けば。

 家を出る前から魔獣の大発生があったという。

 衛兵が報せたときには、すでに辺境の街に迫っていたのだ。対抗しようにも、傭兵を募るには時期が遅い上に、援軍を頼んでも間に合わない。

 街が抱える戦力も心許なかった。

 ゆえに。

 大人たちは囮を使うことにした。

 彼らの総意は、また子供は産めるという身勝手かつ非人道的なもので、子供をその的にしたのだった。

 結果。

 知らされなかった子供は取り残された。

 魔獣に食い荒らされ、その隙に皆は避難したのだ。

 父がなぜ、兄を家に残したか。

 それは、自身と相容れない兄よりも、家を継がせて可能性の豊かな少年を残した方がいいと、敢えて兄を囮役に指名した。

 あの兄の不審顔。

 それが最期に見た顔だったのだ。

 いや、それよりも。

 少年はタガネが消えたことに虚脱感を抱いていた。

 あの子も食われたのか?

 せっかく約束したのに。

 大人たちに聞けば、嫌な顔をされて突き放される。墓所に行けば、ヨゾラの墓石は血を浴びていた。

 結局、タガネの安否は諦めた。


 それから。

 父の跡を継いで彫刻師となった。

 石を避けて、その結果から運良く生き残った。兄を死に追いやったのは自分ではないにせよ、生き残ったことに自責の念が絶えなかった。

 そして。

 タガネという名。

 石削りの道具と同じ意。

 せめて、この石刳りを手がかりにタガネと繋がる。あのとき強引に連れてでも行けば、きっと魔獣になど襲われはしなかった。

 石を削る。

 魔獣や大人を憎みながら。

 そして、タガネに謝りながら。


 十四になった頃。

 遠い地で名を挙げる剣士の噂を耳にした。

 父の伝手で知り合いの彫刻師の家で世話になっている。そこで改めて弟子になり、彫刻師として励んでいるときだった。

 鬼のような戦いぶり。

 若くして数々の逸話を残す剣士。

 その名は――。

「……『剣鬼』タガネ?」

 いつかの。

 あの墓所にひっそり佇む背中を思い出した。






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