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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
幕間
472/1102

小話「冒涜者の宴」⑧



 その名を唱えると。

 ルキフェルの全身から腕が生えた。

 タガネの首や手足を掴む。

 強すぎる握力に両手の剣を落とした。

「タガネさん!」

「ぐッ!?」

『そうよ、マコト!私よ!』

 ルキフェルの腕が震える。

 限界など無いように腕は伸長(しんちょう)し、対岸の家屋へとタガネを叩きつけ、何軒も突き破る。

 現場に追いついたネルが腕へ飛びかかった。

 火炎(かえん)を帯びた短剣で切断する。

 本体から分断されたことで腕は力を失い、勢いのみで地面を跳ね転がったタガネが遠くの空に放り上げられた。

 それを見て。

 ルキフェルの頭蓋(ずがい)へ弟が拳を握り直す。

「義兄さんの慈悲に仇で返すとは」

「そうですね」

万死(ばんし)に値します」

 鉄槌が頭蓋へと叩き降ろされる。

 ルキフェルの(かいな)が新たに発生した。

 祈るように手を組む。

『――――導こう(リーダンク)

 光の壁が出現して弟の拳を防いだ。

 (しりぞ)ける力が働き、触れていた弟の全身が後ろへと吹き飛ぶ。

 フィリアが瞑想した。

 ルキフェルを更に黒い手が拘束する。

 漆黒の路地へと沈めていく。

 光の壁が消失した。

「ネルさん、働いて下さい」

「あの弟にしてこの姉ね」

 ネルが呆れて肩を落とす。

 手中の短剣を逆手持ちに変えた。

「特級冒険者を舐めないで!」

 振り下ろした短剣二本。

 ルキフェルの肩に深々と突き立つ。

 刃先から炎が迸り、体内を()()がす。ルキフェルの目や鼻、タガネに負わされた傷からも駆け巡る炎が漏出(ろうしゅつ)した。

 肉翼が激しく痙攣する。

 渾身の魔法剣による灼熱(しゃくねつ)

 このまま燃え尽きるか。

 ネルが火力を上げんと、さらに強く魔力を練り上げたとき、肉翼に浮かぶ無数の顔が一声に息を吹いた。

 突風が至近距離で吹き付ける。

 ネルの矮躯が呆気(あっけ)なく宙を舞った。

「うわあ!?」

『おごごごごご!』

「ただじゃ離脱しないわ――『爆破(ウォバット)』!」

 赫耀(かくやく)と短剣が光を放つ。

 ルキフェルから火柱が上がった。

 胸郭からまた崩れた骨が破片となって落ちる。

 それでも。

『わわ私は、止まらない、愛は止まらない』

 黒煙を上げながら。

 ルキフェルが漆黒の中で暴れる。

 蒸気(じょうき)を立てて黒い手が溶けてゆく。瞠目したフィリアの眼前で、ルキフェルの背部の肉が変形し、女性の姿を象った。

 女性が両の掌を掲げる。

 左右それぞれに金に輝く光の球が生成された。

 フィリアは再び黒い手で拘束を(はか)る。

 それよりも(はや)く。

 女性が胸の前で二つの光の玉を衝突させた。

 ルキフェルを中心に、光を伴う衝撃波が拡散(かくさん)する。フィリアの体内までをも震撼させる圧力が周囲へ駆け抜け、辺り一帯の家屋を瓦解(がかい)させた。

 その場にフィリアは膝を屈する。

 路地を染めた漆黒が粉となって霧散(むさん)した。

 ルキフェルが身を起こす。

『私の愛の邪魔をしないで』

『僕は愛の教徒』

 胸郭と首の上の顔が囁く。

 肉翼(にくよく)を大きく振り払った。

 菱形の尖端から青紫の瘴気(しょうき)を放ち、路地を濃霧となって呑み込む。

 咄嗟にフィリアが結界を展開した。

 毒素を弾いて防御する。

 だが、衝撃波の余韻(よいん)で反撃にまで手が届かなかった。血を吐いて、忌々しげにルキフェルを睨め上げる。

 意に介さずルキフェルは翼を広げた。

『マコト』

 翼を羽撃(はばた)かせて。

 天井付近まで高く舞い上がった。

 虚ろな胸郭の顔が遠くの路地に倒れるタガネを捉える。再び空気を叩いて前へと推進し、目標まで一気に距離を詰めた。

 翼で空気を叩くたびに、家屋を切り裂く真空の刃が発生する。

 全方位へと放たれ、弟やネルにも襲いかかった。

 急接近する気配にタガネが起きる。

 手を上に掲げた。

「来い、レイン」

 その声に応じて。

 ルキフェルよりも速く、すべての真空の刃を吸収しながら銀の雷が馳せた。掌上で大きな火花が炸裂し、光が収束(しゅうそく)して魔剣へと姿を変える。

 タガネは後ろで水平に剣を構えた。

 口内の血を横へ吐き捨てる。

 先刻の攻撃の直前に魔力で身体強化を(ほどこ)していた。危うく骨や喉が潰されることを防ぎ、辛うじて戦闘が続行可能な損耗(そんもう)で留めた。

 左手の痺れ。

 右足首の捻挫(ねんざ)

 これだけでルキフェルを凌ぐ。

『マコト!!』

「よしてくれな、人違いだね」

 呆れ笑いをこぼした。

 魔剣の柄が軋むほど強く握る。

 刃元の水晶が(きら)めき、剣身から魔力が充溢した。金色の魔力が、魔剣を基点(きてん)に更に巨大な刃の形に凝固する。

 入口を封印していたヘルベナの魔力。

 大剣(だんびら)よりも巨大。

 それを右腕と、左足で支えた。

「まずは話し合いたいんでね」

『マコトおおおおおおおお!!』

「撃ち落とす」

 ルキフェルが低空飛行へ突入する。

 路地に触れるか否かの際どい高度だった。

 高速で肉薄する。

 そして。

 至近距離へと突入した。

「疾ッ――!」

 しっかと左足で地面を掴む。

 親指を支点にして回転し、巨剣(きょけん)を振るった。

 横薙ぎに一閃。

 ルキフェルが翼を広げ、防御か反撃の挙に出る。それが実行される前に、側面から重厚(じゅうこう)かつ圧縮された魔力の刃が狙い撃った。

 切断には達せず。

 ルキフェルの体が殴り飛ばされた。

 家屋を破壊しながら遠のく。

 魔力の刃が魔剣へと吸収された。

「おや、飛んじまったか」

『きゃああああああ!?』

「まだ訊きたいこともあるんでね、死んでくれるなよ」

 タガネは不敵に笑った。

 振った後の勢いで転倒する。

 激痛に絶えながら路地に仰臥(ぎょうが)した。

「くそ、フィリアまで遠いな」

 魔剣から魔力が流れる。

 タガネの体を巡り、傷の痛みを緩和(かんわ)した。

 左手の痺れが回復する。

 自然治癒力の活性化を促す魔剣に、タガネは微笑みかけた。

「寝てるってのに、すまんな」

 剣を支えに立ち上がる。

 隣の家屋が爆発し、土煙の中より背中から発達(はったつ)した六本の腕で歩行するルキフェルが出現した。(ひし)げた片翼から黒い流血を垂らし、歩いた軌跡(きせき)を疎らに描く。

 仰向けになって血を吐いている。

 タガネは深呼吸した。

「もう少しだけ」

『マコト、お願い……私の名を呼んで』

辛抱(しんぼう)してくれな、レイン」

『他の女の名なんて呼ばないで!!』

 ルキフェルが憤慨する。

 そのとき。

 土煙の中からネルと弟が飛び出した。

傲慢(ごうまん)ですね」

「まずはあんたが名乗りな!」

 ネルの手中に赤光(しゃっこう)の斧が生成される。

 それを容赦なくルキフェルの胴へ叩き込んで、丁々(ちょうちょう)と打ち鳴らす。

 精緻に魔素を編んで作った武具。

 高度な魔力操作がなし得る技前(わざまえ)だった。また、形を得た純然(じゅんぜん)たる魔力ゆえに、その威力は単純な物理的手段よりも発揮される威力は高い。

 打たれた胸骨が砕けて血が噴き出す。

「『魔樵(まこ)り』!!」

『ああああああああ!?』

 ルキフェルが震える。

 胸骨からの衝撃に悲鳴を上げた。

「存外やりますね」

「あたしを舐めんな!」

「ふむ、すみません」

「ふん!」

「では、私も。……今度はしっかり当てましょう」

 弟が腰を落とす。

 拳をルキフェルの胸面に押し当てた。

 ふっ、と短く鋭い呼気。

 直後、拳を始点(してん)として強かな衝撃が爆ぜる。ルキフェルの右の胸骨が粉砕された。下にある青黒い肉が露出する。

 胸郭の顔が悲鳴を上げた。

『私に触れないで!!』

 光の結界がルキフェルを包む。

 強い斥力(せきりょく)に阻まれ、二人は後ろへと飛ぶ。

 タガネは苦笑した。

「さすがは聖女」

『マコト!』

「怪物になろうが想いは強いと」

 タガネは確信した。

 マコトを知る者。

 そして、アースバルグと同じくベルソートの愛称たるベルを口にし、自らが聖女であったことが言葉から聞き取れた。

 どうしてか。

 原因はともかく、ルキフェルの正体は大量の人間を練り上げた怪物であり、その中枢に――聖女ヘルベナの意識がある。

 怪物に堕ちた聖女。

 涜された英雄の成れの果てだった。

『私の名だけ呼んで。私だけ見て。私だけを愛して』

妻子持(さいしも)ちの傭兵には請け負える注文じゃねえな」

『この浮気者!!』

「知るか」

 タガネは結界を斬り上げる。

 返す刃で、自身を仰ぎ見るルキフェルの胸に剣尖を突き込んだ。

 地面と串刺しとなって。

 黒い血溜りがその場に大きく広がる。

 抵抗するルキフェルの体が脱力した。

「さて、話をしようかね」

『ああ、マコト、マコト!』

「俺と話すのは嫌かい?」

『ううん、マコトと話せるなら何だって』

「俺がマコトでないとしても?」

『……え?』

「俺はマコトの一族の(すえ)のもんだ」

『……子孫?え?』

「今回、ベルソートの依頼でな……おまえさんを殺しに来た」

『……ベル、ソート。……そう、ベル……またあなたね、私とマコトの間を阻むなんて。しかも私にマコトの一族を差し向けるなんて……ああ、でもこの甘美な臭い、その瞳、声の響き……ああ、マコトを思い出す、嬉しいわ』

「そうかい」

『でも、だからこそ』

「…………?」

『マコトは唯一なの』

「何を言って……!?」

 崩れた家屋の瓦礫。

 その中から、もう一体のルキフェルが現れる。

 翼は無く、下半身は欠けていた。胸郭にも顔は無く、胴から生やした二本の腕で歩行している。

 第二のルキフェル。

 その首の上の顔が変形した。

 花弁のごとく開いて、中心にある棘皮動物に似た口から内側に光の球が生成される。

『偽物は消えて』

「拙い!」

 首が前へと振られて。

 タガネめがけて光が解き放たれた。




 

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