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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
幕間
462/1102

小話「冒涜者の宴」①



 聖と邪は表裏一体(ひょうりいったい)

 どちらも引き裂くことはできない。互いが存在するからこそ、己に意義が生まれる。

 否定することで共存が(かな)った。

 完全に消滅することはなく、力関係も均衡を保つように作られる。

 だが稀に。

 対となる者を容易く(けが)し尽くしてしまう。

 それほどに一方が強く膨らむことがある。

 聖邪の設けた規定以上の陵辱を働く。

 人はそれを――冒涜者と呼んだ。

 


 春はまだ遠い。

 凍てつく雪の底に沈む大地は、来るはずもない春風が吹くのを待って息を潜める。中天(ちゅうてん)に日の昇る頃にも、鳥や獣の声は一つもない。

 二つの霊峰が向かい合う間に氷河(シィムテル)が流れる。

 その下は湖となっており、畔に栄える都で営まれる人の生活の音だけが(こだま)する。

 聖都トゥパルノート。

 聖女ヘルベナが愛した春の無い土地であり、彼女を信奉する聖バリノー教によって築かれたと伝承が残る最古(さいこ)の宗教国の要である。

 だが、誰も起源を知らない。

 都付近の湖畔(こはん)の街道で乗合馬車が停まる。

 扉を開けて黒コートの男が降車した。

 遅れて現れた僧衣の女性の手を取り、ゆっくり下へと導く。二人で路地に立ち、一歩退けば馬車が再発進した。

 麋鹿(びろく)の蹄が戞々(かつかつ)と道を叩き鳴らす。

 綱が軋んで車輪が巡った。

 遠ざかる車体を見送って、二人は湖を見る。小波一つ立てず霊峰の姿を映し出したそれは、静謐(せいひつ)の鏡となっていた。

 僧衣の女性が聖都へと歩み出す。

 黒コートの男はその後に続いた。

 遠くに見える巨大な氷壁(ひょうへき)、山間の谷を占有する大質量――眺める者には圧巻の風景である。北へと登る斜面を遡上(そじょう)する氷河は、また自然の神秘の一つとして数えられるに相応しい偉容(いよう)だった。

 微かな地鳴りのような音。

 これが氷河の足音である。

 黒コートの男は耳を澄ました。

「ようやく着きますね」

「ああ」

 僧衣の女性が振り返った。

「私も来るのは初めてです」

「フィリアも初めてだと?」

「はい」

 黒コートの男は息を吐いた。

 白く濃い吐息が風で鼻先に跳ね返る。

「巡礼では来なかったのかい?」

「ここは例外なんです」

「例外」

「何たって聖バリノー教で最も神聖ですから」

「そうかい」

 僧衣の女性フィリアが微笑む。

 世界で現代の聖女と呼ばれる彼女の平生(へいぜい)浮かべている慈愛の笑みではなく、困惑めいた感情をにじませたものだった。

 その機微を鋭く看取して。

 黒コートの男は先方にある都を見遣った。

「来たかったのかい」

「私は一度も来るつもりはありませんでした」

「なら、なぜ」

「あなたと同じです。――タガネさん」

「…………」

 その一言に。

 黒コートのタガネは押し黙った。

 同じ目的となれば考える必要も無い。

 懐中から一枚の書状を取り出す。署名欄(しょめいらん)にベルソートの忌々しい名を記した書面には、タガネに対する依頼について綴られている。

 三月前に娘が生まれたばかりで、落ち着いて腰を据えたい時期だった。

 ほんの一月。

 それしか娘の相手をしてやれていない。

 子育てを手伝うと奮起していた出端(ではな)(くじ)くベルソートの依頼を、当初は跳ね退けようとしていた。

 まだ体が本調子でないマリアを労り、幼い我が子の面倒を見る。剣と旅しか知らない男には、その苦労(くろう)でさえも幸せの一時に感じた。

 ようやく手に入れた穏やかな生活。

 芽吹(めぶ)いた平和を噛み締めていた。

 ところが。

 ベルソートから凶報が届く。

 世界各地で多発する異常現象の解決に剣聖姫(エヴァレイリー)の助力を乞う各国からの依頼申請がレギュームへと提出されていた。

 まだ産後(さんご)の疲労が癒えていない。

 いかに剣聖姫といえど任務遂行は難しい。

 世界平和の象徴として戦う。

 その任を背負わされている。

 結果として。

 タガネがそれを代行(だいこう)していた。

 この二月で十五件は回っているが、どれも難儀するほどの重大な依頼ばかり。

 請け負った数と進行具合から(かんが)みて、すべて完了するまでに一年以上は要する。

 タガネは嘆息した。

「今回は、一等(いっとう)面倒そうだな」

「そうなんですか?」

「ああ」

 タガネは書面を睨めつける。

「…………『十ニの死(クルカッダーマド)』の討伐」




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