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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
三話『夜遠し』蕾
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 早朝に天守閣を出た。

 タガネは曙光(しょこう)を浴びて目を細める。

 一時(いちどき)に決着は付けられなかった。

 遺憾ながらもベルソートによる助勢で刃傷沙汰までには発展せず、カムイを退かせて束の間の安寧だけが約束された。

 もっとも。

 相手はいつ破られるとも知れない。

 悠長(ゆうちょう)にはしていられない身となった。

 タガネは自身の隣を見る。

「早いな」

「監視ですので」

「眠くないのかい」

「務めに(さわ)りないほどに」

 目も合わせず。

 アカツキは淡々と応答する。

 まだ出会って若干一日、本人が感情の色をいっさい見せないので、一定の距離感を(たも)っている。

 滞在者と監視役。

 そこをアカツキは譲歩しない。

 機械(きかい)めいた徹底ぶりを感じさせた。

 タガネ側にも心を寄せる積りはない。

 親密になっても去るだけ。

 おそらく、今生で一度の日輪ノ国になりうるので、ここで徒に距離を縮めても、ここに残して行くので後始末が悪いのだ。

 タガネは嘆息する。

「おい、アカツキ」

「はい」

「俺は日輪ノ国を観光したいんだが」

「どうぞ。お(とも)します」

 タガネは後頭部を掻く。

「俺はここをよく知らん」

「はい」

「おまえさんは?」

「仕事で城下の巡回などは一通り」

「なら、案内してくれな」

 アカツキは一瞬黙った。

「監視以外の務めは」

「つまらん所なら出国()るぞ」

「……承知しました」

 アカツキが了承した。

 若干の不満が見受けられる。

 半ば脅迫(きょうはく)のような己の言回しにタガネも苦笑した。

 二人で観光案内の契約が交わされたと同時に、天守閣の門を潜って二人へとローブの老爺(ろうや)と単衣を着崩した少女が歩み寄る。

 ミシェルは寝惚け眼をこする。

 曙光を背に立つ二人を煩わしげに睨んだ。

「二人とも(まぶ)しい」

「阿呆か」

「挨拶代わりの罵倒っスか」

「間の抜けたこと言うからな」

「未来の妻を(いたわ)るっス」

「来ねえ未来には要らねえだろ」

 ミシェルが肩を落とす。

 ふと。

 隣のベルソートが静かなことに気づく。

 普段の彼を知る者からすれば天変地異(てんぺんちい)に等しく、タガネとミシェルは異様な緊張感に黙ってそちらを見つめた。

 沈黙のベルソート。

 その唇が小さく震える。

(かわや)は何処じゃ」

「放っておくっスか」

「行くぞアカツキ」

「はい」

「何でじゃ!?」

 三人で背を向けて歩き出す。

「ワシ限界なんじゃぞぅ?」

「勝手にやってろ」

「あれだけ済ませといてって言ったんスけどね」

「まず、あちらから行きましょう」

 タガネは冷たく切り捨てた。

 ミシェルは呆れて長嘆する。

 アカツキに限っては無視していた。

「ええい、漏れても知らんぞぃ」

「行けよ」

 ベルソートが後に続く。

 アカツキが先頭に立って歩いた。

「何処に行くんだい」

「まずは朝食です」

「……それは?」

 アカツキが振り返った。

蕎麦(そば)です」

 発表された内容に。

 タガネとミシェルは目を瞬かせた。

「ソバ」

「なんスか、それ」

「おまえさんは二年以上いたんだろう」

「味噌汁の虜っス」

「凄まじいな」

 アカツキは黙々と案内した。

 導かれて辿り着いたのは一軒の家屋。

 紺の暖簾(のれん)が引戸の前に垂れ、裏手(うらて)から蒸気が立っている。脱穀した米に似た奇妙な匂いが鼻腔に入り、ミシェルはますます疑問で顔を曇らせた。

 タガネも沈思(ちんし)する。

 ソバ――とは母が話していた。

 大陸西方で辺境の郷土料理だったが、最近は店が各地に建てられ、流行しつつある小麦粉を長い紐状に捏ねた(パスタ)に似ていると聞き及んでいた。

 タガネも食したことがある。

 だが。

 匂いは少々異なるようだった。

「さっそく初体験ってか」

「美味しいんスかね?」

 怪訝なミシェルから入る。

 タガネも暖簾を潜って行った。

 引戸の向こう側。

 そこは厨房に沿った張出しのような卓に、人が立って何かを啜っていた。湯気を面に受けて、(つゆ)を結ぶ肌をときおり拭いながらも一心不乱に箸で掻き込んでいる。

 タガネたちは呆然とした。

「立食いっスか!?」

「こりゃあ、また妙な風情(ふぜい)だな」

「ほとんどは店内まで入らず、店頭で受け取る形式です」

「ほう」

 タガネたちは卓まで寄った。

 空いた場所へと配置する。

「蕎麦ってのは」

「はい」

「何か種類でもあるのかい」

「お(すす)め、といえるほど味に優劣は付けられません。ですが、初めての方ならば『かけ蕎麦』かと」

「そうかい」

 厨房の奥から割烹着姿の女性が現れた。

「いらっしゃい」

「かけ蕎麦三つ」

「あれ、一つ足りんぞぅ?」

「漏れる寸前には要らんだろ」

「ひどい!?」

 ベルソートが悲鳴を上げた。

「おや、タガネ様じゃないか」

「飯を食いに来ただけだ。客扱いにしてくれな」

「はは、承りました」

 女性が厨房で忙しなく動く。

 一度に別の釜の面倒を見たりする。

 右へ、左へ、後ろへ。

 見ていて忙しいのに、どこか落ち着いた手際を全員が注視した。

「楽しみっスね」

「ああ」

 そうして。

 四人の前に(わん)が差し出された。

「へい、お待ち」

「これが」

「蕎麦……」

 タガネとミシェルは刮目してその椀の中を覗いた。



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