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タガネは剣を鞘に納める。
十を超える死体が路地裏に出来上がった。
屋根上で最後の一人を始末し、額の汗を袖で拭って一息つく。
全員が手練れだった。
これまでの襲撃者が他愛ないと思えるほどに。
確実に仕留める。
刺客を送り込んだ者の意気が垣間見えた。
思わず舌打ちを鳴らす。
「王国側に贔屓し過ぎたか」
たしかに。
最近の仕事場は王国内が多かった。
ヴリトラ討伐はもちろん、周辺諸国には剣鬼が王国に仕えているという印象が形成されても仕方がない。
有名になり過ぎた。
自惚れではなく、実質的な問題として浮上して来ている。タガネは死体の一つを路地に蹴落とした。
路地の薄闇へ鈍い音とともに沈む。
タガネは足下の屋根木に突き立った短剣を拾った。刺客が使っていた物である。
柄元を確認して。
「やはりか」
そこには獅子ではなく。
一対の翼をもつ人の姿が刻まれていた。
これは帝国の物ではない。
「リクルは、現帝国派じゃない」
タガネには確信があった。
それは――リクルが何処かの間者であること。
これまでの道をかえりみれば、不自然な点が多かった。
まず。
最初に戦った刺客。
街中で彼らを襲っても、素性を暴かれない工夫のできる手練れかと思われた。しかし、彼らはわざわざ『帝国の紋章を刻んだ短剣』を使用している。
これでは、むしろ帝国の人間だと旗を振って歩いているようなものだ。
刺客たりえない杜撰さ。
加えて、森で包囲されたとき。
三人の位置を把握していながらも、一気に詰め寄って仕留めなかった体たらく。
まるで、タガネの合流し殺されるのを待っていたようだった。
無論、そんな彼らも帝国の証を所持している。
高貴な身分のリンフィアを付け狙うには、証拠を残しすぎだった。
これらを総括すると。
さも帝国が獣国に宣戦布告しているように見える。
何より。
リンフィアに意味を知りながら『リギンディアの花』を贈る行為とは。
まるでその花を良い記憶で飾ろうとしている。
つまり。
「あいつ、リギンディア派だな」
リギンディア派――。
帝国として再建される前にあった宗教国家。
偽善王と名高いリギンディアを神として崇敬する人間で統制され、他国をすべて異教徒と呼んで虐げた。
「また随分と古いのが出てきたな」
亡んでから。
すでに千百数十年が経つ国。
当時リギンディアの部下だった現帝国側の初代帝王が彼を討ち果たし、新たな国を築いた、それが今日の帝国である。
これにより、リギンディア派は迫害された。
追い詰められながらも、今も反旗を翻す好機を狙って帝国の奥に潜伏しているという噂が、大陸ではたびたび流れていた。
つまり。
リクルはその人間。
帝国を潰すために、獣国との戦争を誘っている。
王国に攻め入って戦力を国境に集中させている現在こそが千載一遇の機会と見て実行した。
タガネは思わず感嘆する。
「護衛の真意は、これか」
恐らく。
身分の高い亜人種を警護して獣国に送る。
その行為が、リギンディア派は無害であり友好的である印象と大恩を作れる。
それを手始めに。
獣国と王国の挟み撃ちで帝国が陥落。
その際に、前者の協力を得て復活することを企図しているのだ。
そこで。
タガネは首を捻った。
「リンフィアがどうして帝国付近にいたのかが疑問だな」
唯一の疑問。
リンフィアを帝国から逃がす。
そのためだったとしても、どうしてリンフィアが獣国から離れた場所、それも亜人種にとって最悪の帝国付近にいたか。
そこだけがわからない。
どちらにしても。
「俺は始末する予定だったか」
護衛中にタガネが悟る。
その可能性があると予測して、リクルは最後の町で処理することを決断したのだ。革命の後にタガネを端に発して、何かの拍子に獣国に真意が知られては困るからだろう。
タガネは検問の方を見やった。
「やはり、人は裏切るもんだよな」
剣の柄に手をかける。
充分に帝国の悪印象を作る布石は打った。
あとは革命を起こすだけ。
報酬はきっと来ない。
肩慣らしだけの無駄骨だった。
生存を知られる前に、この三国から離れた場所に避難するのが最善である。
風の噂で聞くほどの遠隔地に。
リクルは用意周到だった。
ただ。
「俺を殺す算段は甘かったな」
タガネの実力を甘く見ていた。
それだけが、唯一の失敗と言える。
リクルの策士っぷりに賛嘆しながら町を去ろうとして。
屋根上に飛び上がる人影を見た。
「そうでもねーぜ!」
「な――ッ!?」
咄嗟に剣を抜く。
それよりも早く、影から拳が突き出された。
出会い頭の暴力。
金属音が炸裂した。
思わぬ手応えに影が瞠目する。
タガネは鞘から出した剣身を、迫る拳固と体の間に割り込ませて防いでいた。
それでも。
打撃の威力に押されて体が後方に吹き飛ぶ。数軒ぶんの距離を舞い、剣を足下の屋根に突き立てて勢いを止める。
ようやく静止し、その場に膝を屈した。
一方で。
影は拳を突き出した姿勢を維持している。
細く小さな吐息を漏らす。
「さすがだな、これを防ぐかよ」
「く……!」
「久し振りだな、剣鬼」
影が構えを解いて挨拶する。
タガネは手元の痺れを誤魔化して笑う。
「随分な挨拶だな」
「これが俺様なりの礼儀だ!」
「そうかい。……野人めが」
タガネは立ち上がって。
その傲岸な態度の襲撃者に正対する。
茶色の短髪をした男だった。
左の眥に十字の傷痕、快活な笑顔で陽気に言葉を投げ掛けてくる。彫刻のような筋肉をふくらませた体は躍動する巌のようだった。
タガネは彼を知っている。
勇者パーティーに並び、帝国で最重要戦力とされる豪傑。
その名も。
「『拳聖』、バーズ・グルカシオ」
「また会えて光栄だぜ、剣鬼」
タガネは剣先を彼に向けてかざす。
「何で、おまえさんがここにいる?」
「ああ?」
「まさかリギンディア派って口か?」
そう言うと。
襲撃者バーズが高らかに笑った。
「よく判ったな!」
「……帝国最強が、なぜ廃れたリギンディア派に加担する?」
「はっはっは!知りたいか?」
「いや、別に」
概ね見当が付く。
バーズは好戦的で享楽的な性格である。
だからこそ、リギンディア派の革命に参加すれば、圧倒的優位な帝国と戦える上に、新体制による改革をそばで見れる。
タガネから言わせれば。
彼らしいと思える動機である。
「知りたいんだろ?」
「もう大体察した」
「知りたいんだろ?」
「いや、だか」
「知りたいんだろ?」
「…………」
説明したくてたまらない。
そんな願望が感じられる。
タガネは渋々と頷いてみせた。
すると、バーズが再び構えを取る。
「なら、俺を楽しませてみせろ」
「……戦いたいだけか」
「そうだよ!!」
バーズが屋根を粉砕ながら飛び出した。




