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切咲家の長男にして当主候補筆頭。
その名もリュウマ。
今後において最悪の敵になる人間だ。
実力と人望は跡目争いの面子でも随一を誇る。
絶対必要条件を満たす子がいない。
そのため。
切咲の当主選びは勲の数に決する。
功績重視による跡目争いが始まった。
そんな現状で、唯一その窮地でも燦然と輝いて周囲の目を引く戦闘力を有しているので、次期当主の筆頭と目された。
それが数年前。
海外の戦場で活躍する鬼の逸話。
銀髪銀瞳の凶悪な戦士の噂をふと耳にした切咲家は、道具に由来する名を聞き及んで調査したところ、始末し損ねた血族の追放者の子と発覚した。
最悪なことに。
当主として最適の資質を有する。
これによってリュウマは失脚も同然の扱いとなった。
血眼になって切咲家の当主はタガネを手に入れんとする。
跡目争いは有耶無耶となった。
「つまり」
「恨まれてるっスね」
「……面倒なこって」
タガネは嘆息混じりに呟いた。
ミシェルも苦笑いになる。
「それに、かなり悪質らしいっス」
「悪質」
「暗殺も強引な略奪も厭わない上に狡猾」
「ずいぶん過激だな」
「気をつけて下さい、罠を張り巡らさてるっス。」
「ははっ」
タガネは失笑した。
どこへ行っても欲望が渦巻いている。
身を投じるのは、いつも破滅的な状況にまで堕ちたときだった。だからこそ剣は、硬く、鋭く、より強くなるよう血によって研がれてきた。
今回もまた同様。
いつもと同じ修羅場である。
呆れを通り越して。
そこには懐郷の念すらあった。
「来るなら斬るだけだ」
「…………」
「場合によれば鏖殺もありうる」
「タガネ先輩なら簡単っスよ、絶対」
「やけに信頼するな」
「そりゃ、そうっスよ」
ミシェルは朗らかに笑う。
その脳裏には、ある記憶が呼び覚まされていた。
数年前。
ベルソートに見出されて弟子になった。
師の旅に短期間だが同伴したことがある。
その道中で立ち寄った戦場。
参戦はせず俯瞰する形で見ていたそこに、途轍も無い強さを誇る狂戦士の姿を目の当たりにした。
その戦士が所属する部隊。
自身と数名を残して全滅し、降伏無用という理不尽な残党狩りに遭っていた。
絶望的な状況下で。
戦士は独りで敵を斬り払う。
笑いながら返り血を浴びる。
逃げ果せるまで、全方位を囲う騎馬や敵軍の将軍を含む五百余人を斬り伏せ、血の海を足跡に去っていく後ろ姿で残る七百相当の兵に追討を諦めさせた。
後の『五百人斬り』と呼ばれる伝説が誕生させた化け物。
その正体は――まだ十ニの少年である。
目にしたからこそ理解った。
隣の男の破格の強さは切咲も退ける。
一目でそう確信させられた。
「どうした?」
「何でも無いっス」
頭を振って思考を中断する。
「師匠が言ってたっスよ」
「うん?」
「史上最強の剣士だって」
「ベル爺の戯言を真に受けんでくれな」
「あの人にしては真剣でしたよ」
「どうだか」
タガネは肩を竦める。
それから街道の先を見据えた。
「とにかく進むか」
「そうっスね」
「道中で刺客に襲われなきゃ良いが」
「そしたら、あたしを守ってくれっス」
「……余力があったらな」
「余力!?」
絶望するミシェルを無視して。
タガネは東へと街道を進んでいった。
それと同時期。
剣爵領地の出口でマリアは仁王立ちしていた。
彼女の眼前でベルソートは正座している。
「アイツには手を出さないこと」
「はい」
「邪魔をしないこと」
「はい」
「助けること」
「はい」
紺碧の眼差しは冷たく睨む。
その眼差しだけで、ベルソートは全身に冷や汗をかいていた。タガネの余興として捉えていた人物だったが、彼とは異なる迫力があって萎縮させられる。
特に。
その片手に握られる聖剣が恐ろしい。
使い手に相当する実力者しか握れない性質があるそれを提げている。
それが実力の証明だった。
軽挙に出ればベルソートも無事では済まない。
「アイツが帰って来なかったら」
「こ、来なかったら?」
「アンタの首を刎ねるから」
「りょ、了解したわい」
ベルソートは両手を挙げて了解したのだった。




