4
タガネはその場に立ち尽くす。
自身を探す足音がそこかしこに跋扈する。
早く身を隠さなければならない。
ところが。
「何だい、あれは」
一軒の家屋から伸びる手。
薄く開いた戸の隙間から伸ばされたそれは、長いタガネの沈黙にも臆さず、ひたすら手招きを続けていた。
剣聖と呼称した声。
それは腕の正体のもので相違ないはずである。
切咲家による流布で将軍に仕立て上げられた風評には業腹だが、剣聖の称号までが膾炙していることも想定外だった。
そもそも。
剣聖の称号は切咲にとって忌むべきもの。
すでに外界で確固たる地位を有する。
死人扱いとはいえタガネを将軍の座に着けるのは至難だ。
国民にそこまで情報を流すことに利得がない。
ならば。
「おまえさん、異邦人か」
「そう、そう」
「どうしてここに」
「いいから、いいから」
手招きは続く。
タガネは眦を決してその家屋に飛び入った。
急いで後ろ手に戸を閉める。
外で足音が過ぎ去っていく。戸の前に立ち止まる者がいないことに安堵しつつ、タガネは屋内を見回す。
そこに。
小柄な少女が座っていた。
円錐形の頭と広い鍔の帽子を被り、軽く編まれた金の長髪が灯籠に照らされて艶に濡れ光る。円な碧眼がタガネの姿を映していた。頬はかすかに上気しており、その興奮を示すようにやや太い眉がひくついている。
訝るタガネに対して。
ローブの袖から伸ばした手を差し出す。
「待ってたっスよ、剣聖!」
「……待ってた?」
「正確には待たされた感じっスけど」
「頼んでない」
「頼んだのはあなたじゃない」
「なに?」
金髪の少女は笑う。
風体から魔法使いであることはわかる。
知り合い――思い出すのも嫌な魔法使い――と同じ格好とあって容易に察せられた。
それよりも。
注意すべきは彼女の目的である。
タガネの来訪を予期した誰かに依頼されて待機していた、という口振りだった。
依頼主はタガネの関係者である。
日輪ノ国来訪を関知しているとあれば、それはマリアや剣爵領地の者、これまでの二年半の旅路で再開した顔馴染みたち。
あとは――。
「ベル爺か」
「ご明察っス!」
「あいつはどうしたんだい?」
「それがっスね……『いつ剣聖が来るか分からんので、逗留先は見繕っとくから手助けしてやれ』とのことっス」
「……いつから?」
「二年くらい前っス」
「ずっと、ここでかい」
「ええ」
「あの爺、斬るか」
脳裏に浮かんだ老人の笑みを恨んだ。
タガネは舌打ちする。
たしかに、合流すると予告されていた。
それが、よもや時期が判らないので他人を寄越しているとは露知らず、あまつさえ二年も異邦人には肩身の狭い国で待機させる。
ベルソートを恨むべきか。
報せなかった己の失念を叱るべきか。
タガネは嘆息した。
「二年の長逗留、ご苦労だった」
「えへへ」
「悪いが、今の俺の持ち合わせでおまえさんに償える物がねえ」
「いいっスよ、存外楽しかったし」
「そう言ってくれると助かる」
タガネは項垂れた。
自分も大概だが、ベルソートの身勝手は想定を遥かに上回る。
罪悪感に苛まれるが、少女の器量の良さに救われた。
タガネは嘆息する。
「改めて、傭兵のタガネだ」
「ベルソートの四番弟子ミシェル、よろしくっス!」
「弟子」
「まあ、三千年で四人目って意味っス」
「ほう」
金髪の少女ミシェルが胸を張る。
大魔法使いが弟子として見込む。
それも三千年という長い歴史で四人目となれば、よほどの潜在的資質が無ければ選ばれないだろう。
素直に感心して。
タガネは目を大きくした。
「そりゃ大層なこって」
「まあ、名ばかりっスけど」
「うん?」
「少し特殊魔法が使えるってだけで、まだ『時元魔法』の習得には至ってないのが悲しい現状なんスよ」
「見込まれるだけでも立派なもんだ」
「あの人にそんな深い意味あるっスかね?」
「それは知らん」
タガネは即答した。
ミシェルが苦笑する。
「それより」
「はい?」
「なぜ依頼で俺を待ってた」
「それはっスね」
ミシェルは微笑んだ。
「あたしの任務は一つっス」
「任務」
「『ワシが来るまで剣聖を頼む』とのこと!」
まるで誇るように。
ミシェルは自身の胸を叩いて宣言した。
二年もの潜伏を経てついに実行される依頼内容。
「……絶対に斬る」
改めて。
脳裏に浮かんだベルソートに恨みを募らせるのだった。




