3
日輪ノ国の首都。
その西にある街の入口に馬車が近づく。
タガネは荷の麻袋を担いで降車の準備をする。
馬車が入口の前で停車した。
手綱を握る商人に礼を言って降りる。
密輸船のある港から二刻、その間に馬車を二度も乗り換えた。自らが馬車の護衛になることを条件にしたので実質的に無賃で済み、タガネは財布の重さが変わらないことに満足する。
その中身。
日輪ノ国は独自の貨幣を有する。
タガネは船内で両替を済ませていた。
船員と交渉しながら行ったが、この国の正確な価値を心得ていない。相手に欺される可能性も考慮して手持ちの半分を変換した。
ところが。
欺かれるどころか些か重量が増している。
存外、この国の貨幣が大陸側の物と比べて低価だったのかもしれない。
財布の巾着袋の紐を締め直して。
タガネは懐中にしまった。
「まずは楽しむかね」
街へと入って。
藁葺の屋根が並ぶ景観を見回した。
大陸東部の文化に似通った風情で、煉瓦や硝子といった物を使用しない家屋である。
タガネは頭を掻いた。
「なるほど」
家々を眺めつつ進む。
世界から隔絶された秘境そのもの。
危険な海域を突破した者だけが踏むことのできる大地という感動が一歩ごとに実感を得て胸に湧く。
タガネは珍しく興奮していた。
誰も来れない珍奇な国。
初めて訪れる土地。
その二つもあるが、最も胸に迫ったのは母の故郷に自らが立っていることへの感慨だった。
忌むべき切咲の膝下だとしてもである。
タガネは感嘆の念を抱く。
「来たんだな、ここに」
思わず感想が口をついて出る。
不意に周囲を見ると。
衆目が募っていることにようやく気付いた。
それらにタガネは銀の眼光で返す。
剣鬼の時代から恐れられた一瞥。
だが、彼らは目を逸らさない。
その瞳は憧憬の念に輝いていた。
ふと疑問に思って。
タガネは自身の現状を確認し直す。
不法入国者と一目でわかる外見。
誰かが咎めに来ることを予想し、事情を話すか退けるかという対策法をいつでも遂行可能なように身構えていたが、誰一人として接近して来ない。
それどころか。
瞳は歓びで満ちている。
「なんだ、一体……」
タガネは右を向いて。
路傍に蓆を敷いて物を売る男を見た。
歩み寄って彼の前に屈み込む。
「もし」
「お、おお」
「外海から来た者だ」
「はい!」
「……首都に向かう由、この街に通りかかったんだが」
「遂にですか!!」
「はあ?」
男が両手を挙げて歓声を上げた。
タガネの脇をかわすように飛んで路地に立つ。
「遂にタガネ様がお帰りになられた!」
「……なんだと」
「切咲家の復活だ!」
男の大声に街中が震撼した。
黙って見つめるだけだった人々が喜ぶ。
踊る者、互いに手を叩いて喜ぶ者と様々だ。
呆然とするタガネの下へ人が殺到する。
「これで国は安泰だ!」
「なんと神々しい」
「すでに将軍の風格がある」
タガネは喝采を浴びた。
町の反応に唖然とさせられ。
しかし我に返れば不気味さしか感じない。
人々はすでに、名告る前からタガネの名も正体も把握している口振りだった。異邦からの来訪者に詰問もせず歓迎している。
握手を求める手を振り払って。
タガネは彼らから距離を取った。
「おまえさんら正気か?」
「はい?」
「俺は異邦人だぞ」
「切咲家の次期当主様ですよね?」
「…………」
彼らの様子に。
タガネはようやく言葉の真意を知った。
この国で自分は将軍になる男として認知されている。ベルソートとの戦闘で、切咲家は勇者マコトの直系の血筋であり、銀の瞳と髪が勇者の魔力を有する証、すなわち当主になる資格の持ち主であると語られていた。
たしかに。
容貌だけならば納得できる。
だが名だけは知れていないはず。
そも、他国との干渉を禁じているこの国で、海外に逃げ果せた存在に触れることすらも禁忌である。
その子であるタガネも然り。
だが、彼らは知っていた。
国が認めない限り、海外にいるタガネとヨゾラが知られるはずもない。
つまり。
「切咲どもか……!」
「え?」
「いや、構わんでくれな」
タガネは平静を装う。
表出しかけた憤慨を押し殺した。
切咲が勝手にタガネを将軍の座に着く者として認可している。民には、それを広く伝えているのだ。
タガネにはそれが業腹だった。
一度や二度では飽き足らず。
いまだ執着の炎を燃やしている。
周囲に集まりつつある群衆に背を向けて小路へとタガネは走った。騒ぎを聞きつけ、その内容を知り、一目見ようと接近する気配から逃げる。
これも切咲による仕業。
そう見ても仕方がない有様だった。
決着をつける。
穏便に縁を切りに話し合う心算だったが――。
「やはり斬るか……」
剣呑な独り言をこぼす。
「おーい、剣聖!」
「くそ、そんなことまで話してたか!」
「こっち来て」
「あ?」
どこからか呼ぶ声がする。
タガネはそちらへと視線を運んだ。
その先で。
「……怪しい」
一軒の家屋。
薄く開いた戸から伸びた白い腕が手招きしていた。




