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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
三話『夜遠し』種
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 海岸の一部が崩落した穴。

 そこに漁港が(いとな)まれていた。

 尤も、体裁というだけであって、その業態は密輸貿易を匿すための偽装に過ぎない。タガネの乗る船も、漁という(てい)で出航していた一隻として登録している。

 港に停泊(ていはく)して。

 タガネは船長に礼を言って下船した。

 荷揚の船員が小首を傾げる。

「おい、兄ちゃん」

「なんだい」

「その格好だと外国人だってバレるぜ?」

「構わんよ」

 飄々とタガネは返答する。

 ここの風土は、幅広の布を襟合わせにした着衣と、裾に余裕のある脚衣が通常であり、黒コートや裾を絞った細い線の装束は目立つ。

 タガネが踏み込んだ土地。

 日輪ノ国は、古来より鎖国体制だ。

 不法入国は大罪(たいざい)として裁かれる。

 だが。

 タガネには些末なことだった。

「どうして?」

「将軍家のヤツに話は通してあるんでね」

「き、切咲家に……!?」

 タガネは歩み出した。

 二年半も前だが、切咲の使者と会話している。

 いずれ日輪ノ国を訪ねる旨は伝えてあった。

 タガネは入国が露見(ろけん)しようと、大罪人である不法入国者は国を総括する切咲家の下で厳正に処分される。

 つまり。

 タガネの存在は彼らの目に入るのだ。

 そうなれば、約束を果たしに来たタガネを無碍(むげ)にはできない。

 仮に相手に通じなければ。

 タガネも剣によって応じるまでである。

 その覚悟を以ての来訪(らいほう)だった。

 母の故郷であれど、タガネ自身には一片たりとも思い出のない土地に躊躇(ちゅうちょ)などしない。大罪人になろうと、切咲家を滅ぼす沙汰になろうと素知らぬ顔で通せるほどである。

 銀の瞳が剣呑に光った。

「帰りはまた世話になる」

「兄ちゃんの顔がお触書(ふれがき)に出てないことを祈るよ」

「そうしといてくれな」

 船員に暇乞(いとまご)いを告げて。

 タガネは港から出る馬車に乗った。

 周囲から注がれる奇異の眼差し。

 常日頃から容姿で大陸でも受けているものとあって気に留めず、荷台の上で景色を眺める。(すすき)の茂った草原が黄金の絨毯もかくやと広がり、繊細に風の動きをに表すように波打つ。

 船長からの厚意(こうい)で譲り受けた地図を展く。

 周囲の地形と現在地を照らし合わせて距離を推し測った。

 街までは程遠い。

 進行方向を見遣って。

「何なんだ、あの(じじい)

 タガネはある人物との会話を思い出していた。


 旅に出る直前。

 レギューム島の港でベルソートと出会った。

 タガネは嫌気(いやけ)が差して睨む。

 嫌われていると分かって。

 見送りに来た老人は穏やかに微笑んだ。

 手を振りながら近づいて来る。

 本来なら、剣聖と大魔法使いとあって注目必至だが、どちらも通常なら出会うことすら(まれ)であり、片や死人として認知される人物だった。

 本人を前にしても容易に悟られない。

 ベルソートが隣に立つ。

「何だい」

「日輪ノ国には、いつ行くんじゃ?」

「……おまえさんに何の関係がある」

「ワシも後に合流する」

「要らん」

「合流せねばならん」

「…………」

 タガネが怪訝(けげん)に眉を顰めた。

 ベルソートは、誰かを気遣うことはない。

 己が趣向のまま動く。

 タガネの拒絶があろうと断念することはない。相手を想い遣る必要が無いから、事前に伝えたこともまた皆無。

 だが。

 まるで今はタガネに許しを得ようとしているようだった。

 ベルソートは苦笑する。

「でなければ、ヌシは自分を(うら)むことになる」

「……なに?」

「ヌシの母は禁忌(きんき)を犯した」

「そりゃ、あの国の法の話だろ」

「そうじゃない。その理由に、じゃよぅ」

「……あ?」

 タガネは目を見開く。

「おまえさんは悪くない」

「…………」

「これだけは断言するわぃ」

「何なんだ」

「ヌシの存在は予想外じゃったが、ヌシの母とあの日輪ノ国は……ワシの数少ない後悔(こうかい)の一つじゃよぅ」

「そんな風に見えんな」

「ヌシにお願いがある」

「…………?」

 ベルソートが深々と頭を垂れた。

 元から老屈で前屈みだが、さらに頭を下げる。

 タガネは唖然とした。

「どうか」

「………」

「ヌシが生まれたことを後悔せんでくれ」

 ベルソートが見せる初めての謝罪(しゃざい)だった。


 黄金色の草原を眺めつつ。

 タガネは頭を掻いて言葉の真意を考え直す。

 生まれたことを後悔するとは?

「……飽きるほど悔いたよ」

 自分自身を怨む。

 それは幾度も過去にしてきた。

 タガネは目を細める。

 切咲家の執念は知っていた。

 母に対して行った所業や、血族への固執(こしつ)によってタガネや仲間が被った悲劇は少なくない。根城となれば、正視し難い醜悪(しゅうあく)な気配が犇めいているのは自明の理である。

 ただ。

 タガネは覚悟を決めていた。

「目は背けんさ」

 母の故郷に生半な想いでは踏み込まない。

 彼女が抱えたまま死んで闇に消えたはずの真相も知るつもりで来た。

 避ける気は全く無い。

「どれだけ醜かろうと」

 タガネは拳を握る。

 遠くの地平線に街が見えた。




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