小話「剣の精霊」⑤
女性――マルカの案内を得て。
ダウルは街角にある薬屋まで移動した。
褪せた木組みの家屋は、外観に反して硝子板の引戸を隔てて覗く内装が綺麗に整えられている。店舗の風体は古色蒼然としているものの、街の悪評を耳にしていた感覚には裏切られたも同然の好印象を受けた。
促されてダウルは入店する。
棚に並べられた薬の数々を眺めた。
瓶詰めにされた物たちは、しっかりと適切な保存処理が施されている。
具に店内を観察するダウル。
それをマルカは後ろで静観した。
「どう?」
「とても良い店です」
「嬉しいね」
マルカが隣へと進む。
「君、薬師なんだろう?」
「ええ」
「旅をしながら薬売りをしてるの?」
「そうなります」
「良ければ、ここで働かない?」
ダウルはその提案に面食らう。
「え?」
「売り物を見たところ、しっかり調合されていたし、よほど知識があると見た。街の人々からの評判も良さそうだしね」
「うーん……」
「給金は出すし、この店の裏側は家になってて部屋は余ってるから泊まり込みもできるよ。悪評を払拭できて私としても非常に助かるし」
「…………」
「どう?」
マルカは前のめりに雇用条件を提示する。
ダウルは視線を逸らした。
旅の発端としては、故郷でとある事件が発生しており、その遠因が自身にあるとあって罪を追及され、家を勘当されたのである。
チゼルとはその折に出会い、旅を共にしていた。
目的など無く。
ただ諸国漫遊に興じているだけ。
心の隅には、薬師を生業とするので何処かに腰を据えたい一念もある。
街の人も優しく、薬屋がある。
これ以上の好条件は無い。
だが。
「…………」
「どうした?」
ここで働く。
その未来を想像した瞬間、独りになったチゼルの後ろ姿が思い浮かぶ。
実際、彼女は単独でも問題無い。
幼い頃から傭兵として旅をしている。
誰かに心配されるほど脆弱ではない。
なのに。
気がかりになって判断を躊躇わせる。
黙考するダウルに、マルカは笑う。
「まあ、応えはいつでも良いよ」
「……はい」
「なら、せめて体験みたいに連れの娘さんが帰って来るまでここで働かない?」
「……なら、そうさせていただきます」
「なら、改めてよろしくだね」
「よろしくお願いします」
「それじゃ、泊まり込みになるだろうし、部屋に案内するよ」
「はい」
判断する時間はまだある。
同行者のチゼルが帰るまでの期間。
マルカの気遣いに感謝し、それに報いるために十日だけでもここで働くことを約束した。仮に何処かに定住して店を開くなら、ここでの経験は必要になる。
そう思い直し。
前向きに考えようと気分を改める。
「……あれ?」
ふと。
「チゼルのこと話したっけ?」
小さな疑念を抱えつつ。
ダウルは部屋へ案内するマルカの後を追った。




