小話「剣の精霊」②
二刻を要した道のり。
東の街に到着したのは夕刻となった。
検問を通過し、颯爽と宿へと向かう。
明日の午後に依頼主と合流するまでに体力の回復に努める。前日からチゼルは既に仕事の態勢に入っていた。
阻害しないよう。
ダウルは気を配って行動する。
「今日は何が食べたい?」
「明日に身軽になれる物」
「軽くか」
ダウルは献立を考えた。
胃に重く残らない物を所望している。
チゼルの意を汲み取って思案している最中、ふと彼女の背中の大振りな長剣と、腰に帯びた小振りな剣を見遣った。
ダウルはうん、と唸る。
「前から訊こうと思っていたけど」
「うん?」
「背中の剣、私が預かろうか?」
ダウルが背剣を指摘する。
チゼルは肩越しに見て苦い顔をした。
これを使用した機会を、ダウルは一度も目にしたことがない。理由を尋ねると、使わないのではなく使い熟せないのである。
鞘ぐるみなら誰にでも持てる。
だが。
余人が柄を掴むと、魔素を吸われて昏倒してしまう。中には重篤な症状に陥った者さえもいた。
チゼルだけが抜ける剣。
ただし、彼女でさえも凄まじい重量のあまり、剣速が損なわれて戦闘に支障を来す有り様。日頃の鍛錬によって少しずつ扱えているが、その進捗も微々たるものである。
つまり。
次の護衛任務でも役には立たない。
それでも、チゼルは拒否した。
「これは僕が持つ」
「邪魔にならないのか?」
「うん」
人の魔素を吸う剣。
まるで『剣聖英雄譚』に描かれる英雄が手にした伝説の魔剣に似ているが、壮絶な試練の果てにしか獲得できない代物であり、ここにあるはずがない。
金品以外の所有物で、チゼルが珍しく執着を見せるのは、その剣のみである。
ダウルは小首をかしげた。
「それなら構わないけど」
「うん?」
「それが原因でチゼルに死んで欲しく無い。無理はしないで、何かあればしっかり言え」
心から案じる声。
チゼルはふ、と微笑んだ。
「頼りない」
「うぐっ」
辛辣な一言が突き刺さる。
ダウルは胸を押さえて呻いた。
昼間の出来事もあって、その言葉の有する威力は平生の倍以上ある。チゼルには彼の助勢はあっても無くてもほとんど差異が無い。
彼女の瞳に呆れの色がにじむ。
「依頼人はここの領主」
「ふむ」
「ちと知己の催す宴会があるとかで足を運ぶんだが、このご時世だと外出も怖いんで往復の護衛を任されてる」
「帰りはいつになるんだ?」
「うん、と……一応は十日」
「じゃあ、私は街で待つよ。道中で採取した材料で薬でも作り、少し商売でもするか」
「別に待たなくて良いんだが」
チゼルは小さく呟いた。
ダウルは聞き取れておらず、この街で展開する自身の店について思考を巡らせる。チゼルを待たないという選択肢は念頭にすら無い様子だった。
一瞬だけ呆気に取られて。
「……やれやれ」
「どうした?」
「いや、別に」
チゼルは我知らず笑った。
それぞれの仕事に沈思して、いつの間にか宿に到着する。彼女が空室の確認などをして、二人分の手続きを済ませた。
その間もダウルは熱心に仕事のことに集中していた。
だが。
宛てがわれた部屋の前に立つ。
そのときに彼は我に返った。
「チゼル?」
「なんだい」
「手続きを任せてしまったことは謝るけど……私の部屋は何処に?」
「同室」
チゼルが扉を開けて入室する。
ダウルが額を手で押さえた。
「チゼル……」
「なんだい?」
「本当に同室か」
「同室」
「なんで」
「安いから」
「だから同室なのか」
「くどい、文句があるな――」
その瞬間。
チゼルの両肩が掴まれた。
「少し話をしようか」
必死の形相のダウル。
その表情から先の展開を察したチゼルの顔が蒼褪せる。手を振りほどこうとするが、彼は放してはくれない。
扉際で二人は格闘する。
「……口うるさくしないって昼間に」
「これは看過できない!」
その晩。
不用心なチゼルは半時ほど説教を受けた。




