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変わり始めたと自覚した。
アヤメの従者としての初任務。
それをこなした二日後、疲弊した状態で帰還したタガネに、アヤメはいままでの膨れっ面を崩し、満面の笑みで彼に飛びついた。
マヤはそれを後ろで見守る。
娘を抱き留めて、タガネは嘆息した。
銀色の髪を撫でて、マヤを見遣る。
「宴はどうだった?」
「たぶん大丈夫、です」
「ようやった」
タガネが微笑む。
それだけで胸がどこか苦しくなった。
初めて乗った船の上のときと同じである。
それから。
タガネとアヤメの戯れは続いた。
黙って後ろに控えていると、不意にアヤメが彼の胸から顔を上げる。
不思議そうに目を見開いた。
「マヤもしたいのですか?」
「……?」
「だって、羨ましそうな顔してましたし」
「っ」
マヤは自身の顔に触れる。
羨ましいなんて。
そんなことは微塵も思っていなかった。
無いものが表情として出るわけがない。
だが。
一目瞭然だったらしい。
タガネが困惑しつつ腕を広げる。
「つまらんと思うぞ?」
「…………」
「遠慮は結構ですよ!」
そのとき。
マヤの混乱は頂点に達した。
会場から持ち帰った物を軽々と超える衝撃に思考回路が停止する。その隙にアヤメに手を引かれ、そのままタガネの腕の中に入った。
為されるがまま。
マヤは立ち尽くしている。
だが。
「どうですか、マヤ!」
「……落ち着き、ます」
「ふふん、でしょう」
混乱は一瞬だけだった。
彼の体温に包まれるや、騒いでいた胸の中が静まっていく。身を委ねていたいという一念に駆られる。
マヤは安堵して体を預けた。
「ちょっと」
「ん、おお」
「おお、じゃないわよ」
そこへ、マリアが歩み寄る。
「留守を頼んだはずよ」
「ベル爺からの依頼でな、後で話す」
「…………」
唐突にマリアが両腕を開帳した。
タガネは小首をかしげる。
だんだんと躙り寄って来る彼女に身構えた。
マヤとアヤメからそっと離れる。
名残を惜しんでマヤは手を伸ばしかけて、慌てて引っ込める。
「な、なんだい」
「……わからないの?」
「おまえさんもして欲しいって口かい」
「二人に好評みたいだし」
「好評」
「試してみようかしら」
タガネは顔をしかめる。
マリアの顔に青筋が浮き出た。
諦めて、妻と抱擁を交わす。
タガネには見えていないが、マリアは顔を綻ばせた。背中に回した腕をきつく締める。
後ろからそれを見つめた。
「夫婦円満、ですよね!」
「……はい」
マヤは黙って見詰め続けた。
自分たちのものとは明らかに異なる空気。
想い合う二人だからこそ醸し出す独特のそれを感じ取った。
ずくり、とマヤの胸が疼く。
痛くはないが、苦しかった。
変わり始めたと、自覚した。




