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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
二話『剣の小鬼』鍔
319/1102



 本来は和やかな宴席のはずだった。

 たった一つの出来事。

 それだけで異なる様相へと変わる。

 王宮の広間にて催された会場から少し離れ、全員が庭園へと移動していた。

 庭園では。

 すでに二人が正対している。

 幼い鬼仔の騎士少女。

 片やリューデンベルク近衛団の副団長。

 戦歴(せんれき)などからしても、後者が圧倒的優位に思われる対戦である。

 現に。

 庭園に募った者の過半数(かはんすつ)

 それが彼の勝利を確信している。

 もう、決闘後の敗北を(きっ)した分不相応な鬼仔にどんな侮辱を味わわせるか、剣爵の専属騎士になったアムスを(かい)した剣爵家への干渉の方法などを勘案していた。

 立会人は剣聖姫マリア。

 庭園へと進み出て、両者の間に立つ。

 彼女が片手を高く掲げる。

 これが下に振り下ろされた瞬間、決闘開始の合図となるのだ。

 二人が一呼吸(ひとこきゅう)の間をおいて抜剣した。

「…………」

 マヤは相手の武器を観察する。

 大男の背丈に見合った刃渡(はわた)りの大剣だった。

 奇妙なのは細い剣身と、うっすらと血溝から刃まで等間隔(とうかんかく)に浮かぶ並行線の数々である。

 絡繰仕込の手合と察した。

 初手は相手の間合いを見測る。

 マヤは前面で二本の剣を交差させた。

「軽く揉んでやるよ、へへ」

「…………」

 相手の殺気。

 庭園を包む嫌悪が(ひしひし)と伝わってくる。

 敵しかいない。

 容赦なく相手は自分を刻みに来る。

 だが。

 怖じ気を震う程度ではない。

 マヤはそれ以上に恐ろしい物を知っていた。

 タガネと初めて出会ったとき。

 当時の主人に命令され、傭兵が催した決闘大会に彼が乱入し、自身を商品として()けた戦闘になった。

 相対してすぐ、マヤは敗ける。

 正確には、決闘にもならなかった。

 ただ、鬼気迫るタガネに本能が恐怖して剣を手放した。体はそれから言うことを聞かず、戦わずして敗北する。

 それに比べれば。

 ここは逆境(ぎゃっきょう)ですらならない。

「では――始め」

 マリアの手が振り下ろされる。

 すると。

 早速アムスが大剣を振りかざした。

 まだ刃を立てることもできない遠間。

 マヤは相手の攻撃が空振った瞬間に飛び出す積もりで、身を低くして前傾姿勢になった。

 長い剣の刃が(ひらめ)く。

「そーらよっ」

「――ッ!?」

 マヤの体に衝撃が走る。

 交差した剣に刹那の火花が散った。

 体がわずかに後ろへ押し戻される。

 不意に。

 視界の端を波打つ鋼色の線が擦過した。

 そちらへ体を巡らせるや否や、金属音が炸裂し、マヤの手元が痺れる。剣身から伝わった手応えは、(まぎ)れもなく剣圧によるものだった。

 ()いで。

 手甲の鉄板に亀裂が生じる。

 何かが掠めた。

 マヤは後ろに飛び退る。

 一瞬の後、爪先の土が薙ぎ払われた。

 アムスを再び見る。

「ほら、ほら」

「…………魔法剣?」

蛇腹剣(じゃばらけん)だっつの」

 アムスが不機嫌に言い放つ。

 彼の手には振り抜かれた長剣がある。

 ただし。

 その剣身は均等に分けられたかのような鉄片(てっぺん)になっており、それらが光沢を帯びた鉄線(はりがね)で連結している。

 彼が軽く振るえば、鞭のように走った。

 鋭く地面を打ち、虚空を切り裂く。

 生きた蛇のように滑らかに動作している。

「間合いなんて関係ないんだよ」

「…………」

「命が惜しくても降参なんて許さねぇぞ?」

「降参、無し」

「ああ。相手を殺すまでだ」

 アムスが下卑た笑みを浮かべる。

 勝利を確信していた。

 彼自身の自惚れを差し引いても蛇腹剣の手練(てれん)は凄まじく、数々の戦場で活躍した実績により裏打ちされた自負がある。

 相手は戦場を知らない小娘。

 初撃は手加減したので防がれたが、それでも翻弄(ほんろう)している。

 次の一手で肉片に変えられる手応えだった。

 鬼仔ならば。

 情けもかけず微塵(ばらばら)に刻める。

 アムスは呵々と大笑した。

「どうする、どうするよ!?」

 蛇腹剣をふたたび振るう。

 変幻自在に角度を変える剣尖がマヤへと殺到した。地面が激しい驟雨(しゅうう)に打たれたかのごとく、土砂が飛び散る。

 その中心で。

 マヤは剣で弾き続けていた。

 アムスは手加減して、相手の防御の間に合う速度で操っている。

 誰の目にも彼の優位が確保されていると理解する戦況だった。

 哄笑(こうしょう)が庭園に響く。

「…………!」

「俺はもう少し遊んでも良いんだぜ」

「遊ぶ?」

「これだけ面子が揃ってるのに、早期決着じゃ詰まらんだろ?だから――」

「別に要り、ません」

「……は?」

 アムスは小首を傾げた。

 ふと。

 じわりと滲んだ違和感が胸の内を騒がせる。

「……あれ」

 追い詰めているはずである。

 なのに。

 鬼仔の少女は平然としていた。

 ようよう見てみれば防ぎ(おお)せている。

 全方位から全身が凶器である鋼の蛇の肉薄を跳ね返していた。

 アムスが手を止める。

 庭園に静寂が訪れた。

「……終わり、ですか」

 マヤの白い頬にかすり傷が滲む。

 防御姿勢を解いて、両手の剣を構え直した。無感動な赤い瞳が、愉悦に浸っていたアムスの間の抜けた面を冷淡(れいたん)に見詰める。

 ぴしり、と空気が凍りつく。

 アムスは齢八の矮躯が巨大化したかのように感じて後退った。

 よく見れば、相手は小さい。

 転瞬(てんしゅん)の錯覚である。

 ――何なのか、今の感覚は……?

 アムスは乾いた喉に唾を飲んだ。

 ぐっ、とマヤが前に体を傾ける。

「殺すまで、です」

「お、おい?」

 マヤが地面を蹴った。

 どっとアムスの全身に冷や汗がにじむ。

 慌てて蛇腹剣を振るった。

 謎の迫力に気圧されて、手心(てごころ)を加える余裕などなく、全力で変則的な剣撃の数々を見舞う。

 速度も威力も、倍以上。

 だが。

「もう読め、ました」

 マヤの剣が唸りを上げた。

 蛇腹剣の刃を(ことごとく)く跳ね返し続ける。

 無傷のまま凶刃の雨の中を前進した。無表情ではあるが、猛り狂う蛇腹剣を掻い潜る様は、観戦者たちには鬼気迫る光景として目に焼き付く。

 常人ならあっという間に微塵切(みじんぎ)り。

 少女は死の嵐の中を進む。

「鬼だ……」

 その姿に誰かが小さく呟いた。

 アムスが焦燥に手元を加速させる。

「くそっ、くそ、くそっ!?」

「…………」

 蛇腹剣は、その性質上は(むち)に近い。

 なので、剣や槍などでは絡め取られるし、まともに弾くことすら至難なのだ。

 マヤはそれを可能にしている。

 蛇腹剣の刃が迫る。

 マヤの剣が衝突した部分が弛む。

 理解不能だった。

「なんで、なんでだ!?」

 マヤは淡々と相手の攻撃を処理する。

 タガネから伝授した秘伝の技だった。

 ある日。

 対人戦の極意を尋ねたときだった。

『鞭相手に剣は不利、です』

『鞭なんぞは弾きにくいが、振られた瞬間に一点だけ(しな)りが強い部分がある。そこに一打を加えてやれ』

『巻き取られ、ます』

『その前に剣を引け』

 要するに。

 まるで軽く触れて、すぐ離す。

 鞭が振るわれ、撓った際に力の負荷(ふか)がかかる一点が生じる。そこに剣を当てれば、鞭の勢いが削げて殺傷力(さっしょうりょく)を無効化する。

 直後に自ら離れるように剣を引き戻す。

 すると、巻き取られずに済める。

 そんな方法だった。

 必要なのは、当てる箇所にかかる力と同等(どうとう)の力で叩くこと。

 一瞬の見切りと高い技量が求められる。

 言うは易いが実現は難しい。

 タガネ本人にしかできないと一蹴される話である。

 ところが。

「何で当たらないんだよ!?」

「……………」

 マヤは蛇腹剣を止める。

 彼我(ひが)の距離は、すでに二歩分に縮まっていた。

 距離が短ければ、もはや威力は無い。

 振り下ろされた蛇腹剣を、交差した状態から斬り上げた二閃で弾いた。アムスの手が柄から離れる。

 ――ここだ。

 片手の剣を後ろに引絞る。

「――終わり」

 前へ一歩、踏み込む。

 剣がアムスの顔に突き放たれた。



「そこまでよ」

 直前で。

 マリアの手が後ろから肩をつかむ。

 凝然とマヤの体が静止する。

 剣尖がアムスの眉間と紙一重の間隙(かんげき)を残した。

 眼前ではアムスが白目を剥いて失神し、後ろへと大の字になって空を仰ぐ。

 マヤは剣を鞘にしまう。

 庭園は静寂に包まれていた。

 誰もが大口を開けて声も出ない。

 覆しようがない不利な状況下にあったはずの少女が、ただ頬の小さな傷を残し、倒れた相手を冷然と見下ろしている。

 これを。

 誰も予想した者はいなかった。

 マリアが口を開く。

「勝者――マヤ」

 勝者の名が静かに告げられた。






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