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夜の平原に建つ社。
その前に魔剣と聖剣が突き立つ。
マヤは前者の方へ足を運ぶ。
柄に両手を伸ばした。
後ろではタガネが腕を組んで見守っている。
一年前も同じことがあった。
剣爵領地へ初めて来た日に、マヤは全く持ち上げることができなかったのである。触れた途端に拒絶反応で魔素を吸収された。
マヤの指先が微かに震える。
柄に触れる直前で止まった。
「やってみな」
「…………」
「今ならちと違うかもしれんよ」
タガネの一声を受けて。
マヤは眦を決して柄を両手でつかんだ。
強く握って――。
「……?」
「ほれ」
マヤは違和感に目を瞠る。
魔素が吸収されない。
数多の剣士の強い意志が挫かれた。
剣聖についての伝説をこの一年間で剣聖近衛団などから聞いた今では、それが彼のみが持つことを許されることも知っている。
それ以外に例は無い。
拒絶されれば魔素を吸われる。
にもかかわらず。
マヤには反応が無かった。
「そのまま」
「……!」
「抜きな」
マヤは柄を持ち上げた。
剣身が地面からわずかに持ち上がる。
その瞬間、全身に悪寒が走る。
「良いん、ですか」
「うん?」
「抜けるかも……しれません」
「やってみな」
マヤは再び力を込める。
剣尖がゆっくりと――地面から離れた。
誰にも抜けなかった魔剣。
マリアにも、アヤメでさえも拒絶されたのに。
マヤは剣身に手を添え、横にして両手で持つ。全体を眺め回して、唖然とした。
タガネへと振り返る。
「どうして、って顔だな」
「…………」
「毎晩、レインに色んな話してんだが。この一年はおまえさんのことが多くてな」
「え……」
タガネが肩をすくめた。
「最近、『魔宮解体』でレインも目が覚めてな。そのときに言ってたよ、マヤなら良いとな」
「…………?」
「最初は口数少なくて、表情も希薄。レイン――この魔剣の中に眠る人格も、おまえさんに似た子でな。似通ったもんを感じ取ったんだろ」
マヤは魔剣を見下ろした。
氷のように透明な剣身が幽かに光る。
「どうして」
「……なあ、マヤ」
「はい」
「魔剣もそうだが、近衛団の連中もアヤメもマリアも、おまえさんを道具やら、ただの従者として扱っとるわけじゃない」
「…………?」
「無論、最初は都合が良いからおまえさんを引き取ったが、その頃からおまえさんを道具として引き入れたんじゃない」
「はい」
「皆がおまえさんを一人の人間として見てる」
「…………」
「それだけはしかと心に刻んでくれな」
マヤは再び魔剣を見る。
剣先まで眺めてから、タガネへと渡した。
それから頭を深々と下げる。
「私にはまだ分かり、ません」
「…………」
「誰かに認められる、その意味が」
「そうかい」
「だから、魔剣を握る資格、ありません。私はまだ、自分が道具だと思って、ます」
「ああ」
「命令通りではなく、自分の意思で……お嬢様の隣に立つ、というのも未完了、です」
「……なるほどな」
タガネは立ち上がった。
ここへ呼び寄せたのには理由がある。
レインが認めたのも一つだが、未だ自身を道具だと心の奥底で戒めて感情を殺している節があるので、誰かに別の形――人として認められることが分かりやすく伝われば良いと思って魔剣へと導いた。
願望を口にする。
何かを目指す。
それだけでも奴隷時代とは大きく異なる。十分に人としての道を歩み始めたのだと感じたが、まだ彼女自身は納得していない。
以前にした命令の後の言葉。
命令ではなく。
己の意思でアヤメの隣に立つ。
一年前のマヤなら、それを道具としての自分の意思で立つ、といった曲解に至ると思っていた。
だがしかし、今は違う。
道具と自認するマヤは、それではタガネが『人』として求めていることを理解していた。
それだけでも確かな進歩である。
「良かったよ」
「…………?」
マヤが顔を上げた。
タガネが魔剣を地面に突き立てる。
「おまえさんに従者として、今度アヤメが出る貴族どもの集まりに出て欲しい。アイツの周囲に男が集るだろうし、ナハトと一緒に露払いをしてやってくれな」
「私は鬼仔、です」
「それ以前にアヤメの従者マヤ、って人だろ」
「人、として」
「頼まれてくれんか」
銀色の瞳に射竦められて。
マヤはうなずいた。
「お任せ、下さい」
設定で明かした通り、使い手はタガネ以外いなかったので、マヤが抜いたのも今回だけです。。




