表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
一話『冬底の滝火』
289/1102

10



 懲罰組。

 平民教室で首位を誇る二人の新たな通称(つうしょう)

 それは忽ち有名になった。

 立入禁止の凍岳域での四日に及ぶ修練を敢行した危険を(かえり)みない所業を、校長の裁量によってとある形で罰責(ばっせき)を受けることとなる。

 それは。

「斬り込みの角度が甘い」

「いでっ」

「二の手の繋ぎが雑」

「えー!?」

 校庭で二人相手に剣士が立ち回る。

 見目麗しい銀髪の男であった。

 片手に一本ずつ木剣を持ち、前後の二人を(さば)いて、弱点を剣撃によって指摘する。二人はその都度に剣を弾かれ、あるいは体を木の剣尖に打擲された。

 息が上がる二人に。

 男は汗一つすらかかずに対する。

 背後のライアスの攻勢も、さも後ろに目があるかのごとく平然と対処した。その上で、指摘すらもこなす。

 懲罰組。

 そう言いながら、皆は校庭で揺れる三つの人影に羨望の眼差しを注いだ。貴族の教室でさえ、動きを止めて見入る。

 やがて。

 銀髪の男の剣が光のように奔る。

 二人は剣ごと後ろへ弾かれて転がった。

「これくらいで良かろう」

「まだだ!」

「もっとー!」

「明日の大会に備えな」

 ミラが不服(ふふく)だと顔で訴える。

 ライアスは立ち上がって剣を構えた。

 銀髪の男――タガネは、頭を掻く。

「俺は臨時教師?なんでな」

「だから?」

「本腰入れるのが面倒臭え」

「えー、ししょー!」

 草の上にタガネが胡座を掻く。

 その背中を二人が木剣でひたすら小突いた。

 タガネもまた罰を受けている。

 子供二人を依頼に同行さえ、一人は肋骨に罅の入る始末。自己責任だと了承させた上とはいえ、マリアにその言い訳は通用しなかった。

 故に。

 二人専属の臨時教師。

 懲罰組に厳しい訓練を施す。

 それがタガネの罰だった。

「なー、師匠」

「その呼び方やめな」

「せんせー」

「何だい」

 ミラが自身の木剣を見下ろす。

「ワタシたち強くなったー?」

「動きはよくなった」

「おお!」

「魔宮のとき欲しかった程度に」

「…………」

 皮肉に二人が意気消沈(いきしょうちん)する。

 まだタガネは根に持っていた。

 だが。

 剣爵(エヴァレス)家は嬶天下である。

 マリアこそ実権をにぎる覇者であり、放浪癖がある上に貴族などの柵を厭うタガネが本来こなす公務を担っている。

 世間では死人、その免罪符があるから。

 だから頭が上がらない。

 そのマリアから命じられた二人の調練。

 (ゆるが)せにはできない。

「体を休めるのも訓練の内だ」

「それらしいこと言って誤魔化すな」

「そーだ、そーだ!」

「ぐ……」

 タガネは顔をしかめた。

 大人よりも、子供は敏い部分がある。

 予想外の角度から鋭く大人の隠れた感情の機微(きび)を看破する。一人娘は盲信気味でその機会も少ないが、ときおり背筋がぞっとする瞬間があった。

 周囲を見回す。

 注目が募り始めている。

 平民の二人が大会で相手を倒すには、単純な技量は大前提(だいぜんてい)として、剣に一日の長がある貴族たちに敵うには、手の内を隠している必要があった。

 こうも目立っては意味が無い。

 タガネは木剣を地面に突き刺す。

「根を詰めんな」

「でも」

「実戦を知る剣は何にも勝る」

「…………」

「敗北を悟りそうになったら、あの魔宮を思い出しな。それが危地を斬り抜ける力になる」

「はーい!」

「おう」

 タガネがその場から立ち去ろうとして。

 その行く手を子供が囲った。

 貴族教室の生徒たちが殺到する。

「私にも教えて下さい!」

「僕にも!」

「俺にも!」

 タガネは託ち顔になって。

 ミラとライアスの頭をわし掴みにした。

「生憎と専属なんでな」

「え」

「二人以外の面倒なんざ見れんよ」

 貴族教室の注目が二人に移る。

 その間にタガネは去っていった。




 校庭から戻って。

 二人は散々な目に遭ったと嘆息する。

 貴族たちにタガネとの関係性や名前を尋ねられたり、彼を独占する現状なども詰問され、さらに教師専用の権利の移譲を求める決闘を仕掛けられた。

 ミラと共に逃げて。

 騎士学校の入口で休んでいる。

最悪(さいあく)だったな」

「みーんな元気だね」

「……怪我、もう大丈夫か?」

「うん、試合で頑張れるよー!」

 ミラが力こぶを作るように腕を掲げる。

 ライアスは笑った。

「お前にしては気合入ってるな」

「うん、だってー」

「だって?」

「ワタシ、憧れの剣聖に会えたんだもーん」

「……そうだな」

 ライアスは改めて奇異(きい)な現状をかえりみる。

 素性を隠して生きる剣聖による稽古。

 以前の自分なら想像もつかない展開だった。

「ワタシ、いつか剣聖近衛団に入るー」

「マジかよ」

「あの星を、間近で見てたい」

 ミラが遠い目をしていた。

 その凛とした横顔に、ライアスは息を呑む。

「ライアスは?」

「さーな」

 具体的な将来の展望はない。

 ライアスは適当に答えた。

「おーい」

「お、ルークだ」

「お久しぶりです」

「聞いたぜ、調査報告書の話題」

「あはは……お蔭で教室に居場所がありませんよ。対抗心が強くなって、どこへ行ってもギラギラした目で見られるので」

魔法学園(あそこ)は研究熱心だしな」

 ライアスが苦笑する。

 ルークも隣に座った。

「大会、明日でしたよね」

「おう」

「予定を空けたので、必ず観に行きます」

「応援おねがーい!」

「応援はしませんよ」

「なんでー!?」

「何人か魔法学園の生徒も行くので、僕が睨まれちゃいますよ」

 二人は唖然として。

 しかしすぐに笑い出した。




 大会当日。

 開催された騎士学校の剣術大会には、数々の貴賓が観客席に座していた。魔法学園の生徒も授業の合間(あいま)に観戦に入る。

 満席となる大盛況となっていた。

 リューデンベルクの円形闘技場(バティルコノ)を模した形の試合会場の中央で、選手たちは鎬を削る。波乱の展開や、呆気ない勝負の数々に盛り上がりは留まるところを知らない。

 そして。

 数々の強敵を倒し、決勝戦に二人が勝ち上がった。

 円形の中央広間へと進み出る。

 二つの影が中心で相対した。

「始まるわね」

「ああ」

 騎士学校の校長席。

 特別に設けられた観客室である。

 そこにタガネとマリアはいた。

「どうかしら」

「うん?」

「アンタの目から見た皆の剣は?」

「……おまえさんの指導方針があって幾分(いくぶん)か実戦向きだが、観てて眠いな」

「ふーん。じゃあ、アンタが見てて心躍る剣って?」

 タガネが顔をしかめた。

「……一つだけ」

「あら、あるのね」

「俺が一度だけでも尊敬したのは、おまえさんの剣だけだよ」

「……それ、結婚式でも言ってたわよね」

「はて、そうだったか」

「照れなくて良いのよ」

「うーん……」

 タガネは本気で唸った。

 マリアのこめかみに青筋が立つ。

 咳払(せきばら)いをして。

「そういえば」

「うん?」

「凍岳域の死火山が噴火したわ。それから溶岩流が止まらなくて」

「…………」

「凍岳域の生態系がメチャクチャよ」

「そりゃ壮観だったろうな」

「アンタ事後処理を手伝いなさいよ」

「レインのいい滋養(じよう)になった」

 タガネは苦笑する。

 常冬の世界の底で眠る、太陽のごとき炎の剣。

 地底から流れ出る岩漿が滝のごとく、凍岳域を()き尽くすのか。そんな大事になれば、またタガネ自身への依頼の声がかかる。

 レギューム総括長の老爺は、そういう人間だ。

 もし。

 そうなれば、あの三人を連れて行こう。

 冬底にたぎる剣の焚火(たきび)

 さぞや美事だろう。

「……ふん」

 そんなことを密かに思って。

 広間へと視線を注いだ。

 決勝戦が始まる。

「少しは面白いもんが見られるかね」

「さっきの件も含めて、私がつまらないと思ったら斬るわね」

「え゛ッ」

 広間で正対する。

 鮮紅色の髪の少女と、その好敵手たる少年。

 懲罰組と呼ばれた二人だった。

「では、両人前へ」

 二人が剣をかざして前に出た。




 

ここまでお付き合い頂き、誠に有難うございます。


何だか冒険者っぽいのを書きたいな、と思って書いた回でした。

次回は、未来ではなくあの人の話になります。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ